わかば
四十年近く前の話である。わたしは、つわりで体がとても辛かった。まだ幼い長女の世話をしながらアパートに閉じこもる日 々がつづく。そんなある日、玄関のブザーが鳴り、ドアを開けると感じのよい女性がほほえんでいた。
「こんにちは。いいお天気ですね」
女性は製薬会社の訪問販売員だと告げ名刺を手渡した。戸惑うわたしの顔に目を置いてそのひとは言った。
「あのう、奥さん。失礼ですが、体調はいかがですか」
あたたかな声だった。やわらかな笑顔に、里の母のようなぬくもりを感じた。
「食べ物が喉をとおらなくて」
気がつくと言葉がひとりでに出ていた。
「それは大変ですねえ。よかったら、これを一週間飲んでみられませんか」
女性は腕にもつカバンのなかから錠剤のはいった小袋をとりだして言った。
「これはプロポリスといいます。ミツバチの巣箱からとれる成分で、大量のビタミン、ミネラルを含んでいます。体のなかから元気になりますよ。お腹の子も丈夫に育ちますよ。だいじょうぶ。きっとうまくいきますから」
飲み始めてすぐ、わたしはご飯が食べられるようになってきた。数日後訪れたその方から一ヵ月分の瓶を買い求める。それは出産までつづいた。
産まれた子は体重三、六キロの大きな男の子だった。嫁ぎ先は小柄な家系だったので、義父は大層喜び、わたしも鼻が高かった。
長男は幼稚園、小中高と順調に成長し、体格はつねにクラスで一、二番。内臓も強く、病気らしい病気もしなかった。現在でも、ガッチリした体系は変わらず、すこぶる健康である。
小柄で、風邪をひきやすい長女が言う。
「わたしのときもプロポリス飲んでくれればよかったのに」
(完)
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