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ミツバチと共に90年――

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蜂蜜エッセイ応募作品

夜のとっておき

名古屋日菜

 

 なぜだか眠れない夜がある。

 子供の頃は暗闇が怖かったものだから、そんな夜はたまらなかった。
 今でも時々、寝付けなかったあの夜を思い出す。もちろん眠れないなんてことは全校生徒の前で楽器を逆さまに演奏したりだとか、目標を宣言したりだとかいう、黒歴史的行為(恐ろしい事に実体験済)と対等に並ぶくらい深刻な問題だ。
けれどその日を思い出すと、夜中という響きが持つときめきが蘇ってくる。そうして、夜遅くまで起きているのも、なかなか悪くないと思ってしまうのだ。

 その日の夜、私は湿り気を増していく背中や明日の席替えで隣になりたい子、なりたくない子…といった目まぐるしく行き交う情報にあてられて、ベッドでぶるぶると小さな体を震わせていた。

 眠れない。

 ただ一点の事実が着実に、重々しく、私にのしかかり焦燥感を植え付ける。我慢の限界に達した私はついに起き上がった。慇懃に立ちはだかるドアの取手をそっと掴んで押し開け、リビングへと向かった。

 私の家では夜は大人たちの時間、と教えられていた。だから夜遅くまで起きようとするとよく注意されていたのだけれど、眠れずげっそりとした私を見た母は拍子抜けするほど穏やかに迎えてくれた。

 母はまず初めに私をソファーに座らせた。見たことのないテレビドラマがやっていていた。
 「ちょっと待っていてね」
 そう言って母はドラマに夢中になる私を残し去っていった。夜放送のドラマを見たことがなかった私は食い入るようにテレビを見つめた。ふわふわと長い髪をした少女が、頼りなさそうな青年に何か言葉を告げている。

 ふと横を見ると母が両手にスプーンを挿したマグカップを二つ持って座っていた。
 「お母さんが子供の頃、おばあちゃんが夜によく作ってくれていたの」
 くるくるとスプーンで中をかき混ぜながら、母はそう言った。カップから放たれた柔く濃厚な匂いがリビングに立ち込める。蜂蜜の香りだ。
 カップを受け取り、用心深くフーフーと息を吹きかけながら飲んでみる。お湯に溶けた蜂蜜はいつもより一層甘く感じられた。所々溶け切れていない蜂蜜の結晶を食べる背徳感もたまらない。
 私と母は二人並んでそれを飲みながら、ドラマを見た。先ほどの少女は蜂蜜が一杯に詰まった瓶を青年に渡していた。
 蜂蜜尽くしだなあ、今日は。ぼんやりと、手に持ったマグカップの温かさと、舌に残った蜂蜜の甘さを感じながらそんなことを思った。

 気がつくと私はベッドの上で朝を迎えていた。昨日はドラマを見終わった後そのまま寝てしまっていたのだという。何とも心地よい目覚めだった。
 以降、眠れない夜は蜂蜜ドリンクを飲みながら、母とドラマを見るようになった。

 なぜだか眠れない夜がある。

 今では母よりも夜更かしをする私。眠れなければ本を読んだり、映画を見たり。夜更けを楽しむ術を知っている。けれど時々、無性にあの蜂蜜の味が、母と並んでドラマを見ていた時間が、恋しくなる。

 

(完)

 

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