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蜂蜜エッセイ応募作品

小さなコップ

大神田サクラ

 

 父親の形見分けのため、久しぶりに実家を訪ねた。形見といっても服の他には生前に使っていた腕時計や眼鏡、磁気ブレスレットやネクタイピンがあるくらいだ。
 私は少しがらんとした居間を見回した。
 残された母は少しずつ日常を取り戻しているようだ。
 湯呑み茶碗を取りに食器棚の扉を開けたとき、私はひとつの小さなコップに気づいた。そのコップの模様を見ているうちに、何十年も記憶の奥にしまわれていた光景が徐 々に蘇ってきた。赤い花模様が描かれた、子どもでもしっかり持てる小さなガラスのコップ。
 幼稚園か小学校低学年の頃、私はよく風邪をひき咳が出て眠れないことが多かった。そんな時、父が蜂蜜を湯ざましで溶いてそのコップで飲ませてくれたのだ。ちょっとだけレモンや生姜がしぼってあり、甘くて美味しかったのをかすかに覚えている。
 そばで寝ている妹を起こさないように、いつも暗い部屋にそっと持ってきてくれた。
 「このコップ、覚えてるよ。まだあったんだね」
 手に取るとかなり小さなコップだった。
 蜂蜜ドリンクを飲ませてくれるときは、なぜだかこのコップと決まっていた。
 「あ、そうだ。渡すものが他にもあったわ」
 母は戸棚からいくつかの瓶を出した。蜂蜜だ。
 「なんで蜂蜜がこんなにいくつもあるの?」
 母の話によると父は生前、スーパーの“蜂蜜全品2割引き”の日を狙って少しずつ色 々な蜂蜜を買っていたそうだ。「お父さん、自分ではあんまり食べないのに、こんなに買ってねえ」
 オレンジ蜂蜜やりんご蜂蜜など、数種類あった。
 「あなたが帰ってきたときに渡せって言ってたの」私も既に子どものいる中年の主婦だ。父親に買ってもらわなくても蜂蜜を自分で買うことくらいできるのに、と思うとなんだかおかしかった。
 父は生前このコップを見るたびに、小さかった頃の私を思い出して、咳をしていないかと心配していたのかもしれない。

 

(完)

 

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