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ミツバチと共に90年――

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蜂蜜エッセイ応募作品

ハチミツすりおろしりんご

シルバーマス子姫

 

 今から80余年程前の事、私がまだ生まれていなかった頃の事、母は私によくこの時の話を聞かせながら今の兄と私の二人を育てられてきたのである。その頃の母、朝から晩まで野良仕事が忙しく子育てをしていた。たった5歳になったばかりの男の子(私の知らない兄)をあぜ道で見守りながら草取りに精を出していた。その子が、
 「母ちゃん、ハチミツなめたい。」と何度も何度も駄 々をこねたらしい。2,3日前熱を出して、近所からもらったハチミツを舐め看病してもらって、やっと元気になったとの事。その時の甘い口いっぱいにトロリとなっていく味が忘れられなかったのだろう。
 「そんな物、食べてしまって、もうないでしょう。あんな高い物買える訳ない。」と叱り付けながら、仕事に一生懸命だったらしい.その夜、再び高熱を出し5歳の男の子は亡くなってしまったとの事。私が出会ったことのない兄は、5歳のまま姿を消した ・ ・「ああ、あの時ハチミツ買って食べさせていたら、こんな事にはならなかったのに。」と幾度も悔やみながらの90歳の人生だった。母が亡くなってもう15年も経つのに。
 80歳を前に、今の兄と私が元気でいられるのは、二人が幼き頃、病気になり発熱すると必ず母は寝間の横に付きっきりでハチミツすりおろしりんごを食べさせ、折り鶴を折って看病してくれていたお陰だと思っている。
 母が私にしてくれたように、私の子育ても我が子が発熱すると、ハチミチすりおろしりんごを食べさせ、育ててきた。が、時の流れは早いもの。人生思うようにはいかないもの、私の次男42歳の若さで、1年前に亡くなってしまった。最後ハチミツすりおろしりんごも食べられぬままに ・ ・ ・ ・。我が母の事の思うにつけ幼い可愛い5歳の子の死を胸に抱えながらの80余年間どんなに辛かったことだろう。私も母のように我が子の死を乗り越えて生きていくのが、一番の供養になると思っている。

 

(完)

 

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