北本百合子
その蜂蜜は黒かった。叔父がくれた蜂蜜。
「こいじゃ、売りもんにならん。こん黒かとは黒砂糖よ。箱を置いた近くに黒砂糖工場があったんよ」
いつも叔父がくれる蜂蜜は、きれいなべっこう飴の色をしている。
母と私は、黒い蜂蜜をしばらく眺めた。蜂は、花から蜜を集めると思ってたのに、手っ取り早く甘い黒砂糖を調達しようとするちゃっかりもんもいるらしい。というより、花の蜜も黒砂糖も、蜂にとっては同じカテゴリのものなのだろうか。
母は、瓶のふたを開け蜜を舐めた。「うん、ちっとん変わらん」味に満足したらしい。「あんたが持っていったらいいが」こうして、当時幼子を連れて帰省していた私は、珍しい黒砂糖蜂蜜を手に入れて空路自宅に戻った。
黒砂糖蜂蜜を私は重宝した。軽くトーストしたパンに、蜂蜜を贅沢にのせて食べるのが大好きなので早速やってみた。美味い! 母は変わらんと言ってたけど、ほんのりと黒砂糖の風味がする。元 々黒砂糖も大好物の私、こんな有り難い蜂蜜はない。もちろんコーヒーの甘味としても絶品。ああ、幸せだ。
ふと、蜜を集めて飛び回る蜂の姿が頭に浮かんだ。黒砂糖工場に向かって空を飛ぶ蜂の群れ。まさか堂 々と工場の生産ラインには入れないだろう。駆除される危険性がある。だとしたら、どのように集めたのかいな。人目につかないとこの壁にちょっとした穴があって、そこから一列にそっと入り、これまたこそっと黒砂糖を失敬して飛び去るのだろうか。はたまた遠慮しいしい床に落ちた黒砂糖の粉を律儀に拾い集めているのだろうか。見たことも無い蜂たちや見たことも無い黒砂糖工場の風景を想像すると微笑ましく、健気でおっちょこちょいの蜂たちにエールを送りたくなる。蜂さん、珍しい蜜をありがとう。今は母も亡く、叔父も蜂の巣箱を処分したと聞いた。あの黒い蜂蜜の瓶を思い出すと、なぜか涙ぐみそうになる。
(完)
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