えふ
小花のレリーフとサビに縁取られたシルバートレイの上に鎮座する瓶。
それはいつの間にか家にいて、わたしを見下ろしながら琥珀色にキッチンの隅を煌めかせていた。
朝のパンケーキはわたしにとって天敵だ。
日曜日の朝に焼く音、甘い香り、母の声。
母は多分パンケーキを焼くのが好きなのだろう。イチゴを二つに切ったのとホイップクリーム。このホイップクリームは缶に入っていてボタンを押すと大きな音と共に不格好に出てくる。
パンケーキは口の中の水分を持ってくし、胃の中に入るとみるみるうちに膨らむから朝は美味しく食べれない。
机の上に置かれたパンケーキ。
冷めないうちに食べないと。と言った母親は蜂蜜の瓶を抱えている。抱えられるとまるで猫だ。
大抵久しぶりに対面する蜂蜜の瓶は、蓋を固くしている。母親が力一杯開けるとふわっと優しい香りに包まれる。琥珀色の甘い猫。
蜂蜜が大好きだ。
何気なくかけるだけで輝き、食べ物が美しくなる。蜂蜜をかけられたパンケーキは、見つめるだけで外国の絵本の中に連れて行ってくれた。
いつのまにか空になったお皿の上をみると、次のパンケーキの日が楽しみになってくる。
一人暮らしをしている部屋では一回もパンケーキを焼たことがない。パンケーキを焼かない休日はどこか寒く、絵本とは程遠い。
でも手狭なキッチンの白い棚には、片手に収まるくらいの蜂蜜がいる。
もっぱらヨーグルトにかけることしかしないけれど、やはり蜂蜜は見ているだけで満たされる。
食べ物というよりお守りのようなそれを手に持つたびに香ばしい休日の朝を思い出し、私は優しくなれるのだ。
(完)
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