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ミツバチと共に90年――

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蜂蜜エッセイ応募作品

美味しい記憶でもある

伊原久子

 

 何十年も前、父は五千トンの大型船の通信長をしていて、結婚後も世界中の海を巡っていた。
 結婚式では船乗り特有のパンチパーマで臨み母を絶句させ、出産当日は南極の氷で仲間たちと祝杯をあげていた。父が送った子供の名前の候補は、母が考えた名前を期日ギリギリに役所へ提出した後に届いた。
 そんな生活ゆえ、幼い頃の私はずっと父を認識できずにいた。
 たまに現れては、人見知りで泣き出す私をなぜかしつこく構い、少し慣れた頃にまたいなくなる人。私にとっての父はそういう存在だった。
 けれど母がいたから、私はそれを寂しいと思ったことがない。
 母は車でどこへでも連れていってくれた。動物園では大亀に乗り、レジャー施設で特大流しそうめんも体験した。何かと大きいのが好きな母である。
 運動会でよそのお父さん達に交じって走ってくれたのも母だった。
 手料理は絶品、家の中はいつも清潔。よく熱を出す子供だったが、心細い思いなどしたことがない。
 そんな強い母だが、父が船に戻ったあと、たまに不思議な顔をすることがあった。
 朝食にパンを焼きながら、戸棚から四角い白い箱を取り出して蓋を開ける、その瞬間。中を見てふふっと笑うその横顔は、なんだか嬉しそうな、近所に住む高校生のお姉さんと同じような華やいだ顔であった。
 箱の正体は父の帰国時の定番のお土産。父の船がよく寄港するニュージーランドの巣蜜である。
 スプーンで巣を切り取り、金色の蜂蜜をこんがり焼けたパンに巣ごとちょんと乗せて溶けるのを待つ母は、いつも肩の力を抜いたような穏やかな顔をしていた。
 その母の表情は子供の頃の記憶の中でも特に印象に残っていて、蜂蜜を見るたびに思い出す。
 母は当時のことを聞いても照れたように笑ってそっぽを向くだけで何も話してはくれないし、父もそんな母を楽しそうに見るだけで何も語ってはくれないが、巣蜜は家族の優しい記憶である。

 

(完)

 

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