大河 増駆
40年前、我が家に電子レンジがやってきた。
魔法の道具のような箱で、「いったい何を作るのか」ということが家族の話題となった。
次の日、母が図書館の本を借りてきて、焼きリンゴを作ると言い出した。
リンゴは生で食べる方が新鮮なのに、わざわざ焼くことの意味がさっぱりわからなかった。
しかし、代案もなかったので、焼きリンゴを作ることになった。
リンゴの上側に十字の切り込みを入れ、砂糖とバターをかけ、皿の上におき電子レンジに放り込んだ。
スタートのボタンを押すと、電子レンジの中には、あやしげな水蒸気が充満し始める。
「パーン!」
突然、鈍い爆発音が響き、レンジのガラスに茶色の物体がへばりついた。
それは、リンゴの皮だった。
失敗だ。
何回か同じ失敗を繰り返した。
「砂糖をはちみつに変えてはどうか」ということになった。
我が家には、ビン入りの蜂蜜があったので、リンゴに十字の切り込みを入れ、バターと蜂蜜をたっぷりかけた。
いよいよ、電子レンジに投入。
私はビクビクしながら、電子レンジの中を見ていたが、リンゴは爆発しなかった。
どうやら蜂蜜は、焼きリンゴと相性が良かったらしい。
母がおそるおそる、焼きリンゴを取り出す。フツフツと湯気が出て、リンゴが怒っているように見えた。リンゴの皮は、シワシワになり、年寄りになったようにも見える。
母が切り込みに包丁を深く入れ、リンゴを四つに切った。
母と姉と祖母と私が、焼きリンゴを口の中に入れる。
「何これ」
リンゴの甘酸っぱさが、さらに強調され、なんとも不思議な味だった。
蜂蜜の甘さが、まずい方向へ行こうとするリンゴを引き止めていた。
あれ以来、焼きリンゴは食べていない。
しかし、あの焼きリンゴは、私には生涯忘れられない特別な味となった。
(完)
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