高橋れおん
レモネード作りを手伝いたいと言っていた私が、どこからともなくはちみつを引っ張り出してきた。我が家のレモネードに蜂蜜を入れていたのを、また母の手で作るその姿を見ていたのが嬉しかったと、しわが少し増えた顔に加えて目まで細くして私を優しく見る。それから私は、世界一の趣味を見つけたかのように毎晩レモネードづくりを家族に提案していたそうだ。まだ数も数えられないくせに、頑張って蜂蜜の分量を数えていたと。
三歳の頃の記憶など覚えていないという私の口は照れ隠しのために笑い、目は母と同じ方法で細めた。物心もつかない時の話を21歳の誕生日にされたにもかかわらず、思い出すのは去年のことであった。
そのときアメリカに留学していた私は苦境に立たされていた。文化、言語、ライフスタイルに気候と空気もすべてが違う環境にいた私は多くのものに苦しめられた。その中でも最難関は食事であった。チーズまみれのピザに、これ以上ないほどカラフルな甘すぎるアイスクリーム。一週間で飽きてしまうのは明白だ。しかしこの土地に一年間は住まなければならない、まさに刑事ドラマのラストシーン、崖の上の犯人、逃げ道がなかなか見当たらない。課題に追われて自炊をする時間もない。
そこで私は何となく、ただ直感に身を任せレモンの蜂蜜漬けを作り始めた。片手ではギリギリモテない大きさの瓶を買い、蜂蜜とスライスしたそれを継ぎ足していく。毎晩寝る前の食べるご褒美。その甘酸っぱさが身体に染み渡るとき、なぜか懐かしさを感じていたのだ。
そのこんがらがった謎がたった今、思いもしないタイミングでほどけた。
そんなことを母は知らない。あなたの思い出の味が僕の思い出の味になり、あなたの注いだ愛が蜂蜜に乗って時空を超えて私の安心になったことを。蜜蜂が花から巣へと蜜を運ぶように、蜂蜜も母から私へと愛を運んだ。18年と10、600km、数えきれない数字を越えて。思わずまた目が細まった。
(完)
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