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蜂蜜エッセイ応募作品

師匠と尊敬された元養蜂家(四)

渡辺 碧水

 

 【師匠と尊敬された元養蜂家(三)から続く】
 急ごしらえの発足だったが、サッポロ ・ミツバチ ・プロジェクトは順調に進んだ。当初の様子は、五月下旬から六月下旬にかけて、朝日新聞(北海道内版)の記事、HBCとHTBとNHKのテレビニュース、北海道新聞の特集記事などで広く市民に知らされた。
 佐賀新聞の記事は「常雄さんは『師匠』『お父さん』と慕われながら、メンバーに養蜂や採蜜の方法を一から指導した。ビルの屋上で制約があり、すぐにミツバチの様子を見に行けないなど苦労もあったが、試行錯誤しながら、都市型養蜂を確立した」と続く。
 実行委員会発信のホームページを見ると、関連の各種の文章に添えられる養蜂作業の実際場面の写真には、麦わららしい登山帽に面布を被り、しゃれたピンクのワイシャツを着て慣れた手つきで巣板を扱い、説明している様子の人物がしばしば登場する。その方が城島常雄さんだった。
 「すべてゼロからの出発だった」と述懐されるように、城島さんを取り巻き、熱心に養蜂のイロハを教わる会員の姿はまさに弟子。「師匠、あのー」と真剣に質問する眼差しは、尊敬の念で見詰める。
 頷きながら聞き入るのはいい歳をした大人だが、年齢的には親子の開きがある。親しみを込めて「お父さん」と呼ぶ人もいた。
 フリー百科事典『ウィキペディア』には、「養蜂技術は、立ち上げ時の新聞報道を偶然目にした元養蜂家の城島常雄に指導を受けつつ、北海道のビル屋上に適した飼育方法を探っている」とある。
 酒井氏らは、巣板の扱い方、蜂蜜の溜まり具合、燻煙器の使い方、分蜂を防ぐ方法など、城島さんの作業姿を見ながら一つ一つ学んだという。
 城島さんの指導法は、一度自分の作業を見せた後に酒井氏らにやらせ、口出しをしないで見ているだけという厳しさを含んだものだった。
 これは一日も早く自立できるようになってほしいという城島さんの親心だった。「歳だからいついなくなるかわからんでしょう。だから早く覚えてほしい」との切迫感もあった。
 次回は、そんな想いを物語るエピソードを探して紹介したい。
 【師匠と尊敬された元養蜂家(五)へ続く】

 

(完)

 

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