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ミツバチと共に90年――

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蜂蜜エッセイ応募作品

師匠と尊敬された元養蜂家(三)

渡辺 碧水

 

 【師匠と尊敬された元養蜂家(二)から続く】
 新聞記事が縁結びとなり、「神様がやってきた」と語り継がれる酒井氏と城島さんとの奇跡的な出会いとなった。別の記事では次のようにも語られている。
 「新聞にさっぱちの記事が載るとすぐに、『父が養蜂をやっていた。養蜂をやっているところを見学させてもらえないだろうか』という問い合わせがきた。城島さんは『娘がボケ防止のためにやらせようと思った』と言うが、城島さんの養蜂への熱意に特別なものを感じた」「『ハチのことが忘れられない、力になれたら』という想いから、活動に協力してくれることになりました」
 前の(二)で、「誰から養蜂に関するアドバイスを受けるかだけが決まらずにいた」と語られていたが、実は具体的な養蜂の準備は何ら整っていなかったようだ。親子は何もない場所と状態を見学して、現状を知った。
 普通なら、がっかり、あきれて帰るところだが、親子はむしろ養蜂への郷愁に駆り立てられたようだ。その場でさっぱちを救う決心し参加を決めた。
 佐賀新聞の記事には「二人はすぐに使い慣れた養蜂道具を取りに神埼の実家に戻り、ミツバチも佐賀の養蜂家に手配した」とある。二人とは、もちろん、多久島和子さんと城島常雄さん。
 このことを、「さっぱち」の酒井秀治氏は、次のように述べている。
 「さっぱちへの参加を決めると、城島さんは佐賀にもどり、かつて使っていた養蜂道具を北海道に送った。足りないものは地元の養蜂仲間に頼んで調達してくれた。ミツバチも城島さんの知り合いである佐賀の養蜂家から取りよせた。養蜂業は素人がやるには難しい業種と言われている。素人が頼んでも、健康なミツバチが届くとは限らない。
 五月二十六日に佐賀を出発したミツバチは船に揺られ、四日後の三十日に札幌へ到着。翌日、太陽ビルの屋上に三つの巣箱が設置された。ふたを開けた巣箱からは、ミツバチたちが元気に札幌の空に飛びたった」
 本格的な養蜂活動は二〇一〇年六月にスタートした。以上からわかるよう、すべて城島さんの経験に基づく配慮と手配で実現した、と言っても過言ではなかろう。「神様がやってきた」とは、決してオーバーな表現ではなかった。
 【師匠と尊敬された元養蜂家(四)へ続く】

 

(完)

 

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