服部あいこ
幼い頃、夜中になると突然目が覚めてしまうことがあった。理由は思い当たらない。そんな夜には決まって急にとてつもなく物悲しい気持ちになり、なんならべそまでかいて、隣で眠る母を起こし理由なき寂しさを訴えたものだ。
「お母さん起きちゃった、なぜかとても寂しい。」
すると母は、私をその胸に引き寄せたあとに頭を優しく撫で、一人静かに布団を出る。豆電球の点いた部屋、母の匂いのする布団の中でぐずぐずとしていると、一杯の飲み物を持って母はやって来る。
「わたしのお宝ちゃんの悲しい気持ちが、消えちゃう魔法をかけました。」
差し出されたマグカップには、人肌に温められた牛乳。私はわざと喉を鳴らし、ごくごくとそれを飲み干す。カップの最後に残る、トロッとした甘味が大好きだった。
「ありがとう。」
大人になってしまった私には、あの頃のように突然夜中に目が覚めて物悲しい気持ちになる夜はあまり訪れなくなってしまった。しかし、物悲しい気持ちになることは、誰にでも訪れることがあることを知った。それは自分だけでなく、誰しもに訪れるものだ。その理由は、様 々。私は、人に自分から理由を聞かない。理由なき悲しみがあることを知っているから。
「あなたが元気になる魔法をかけました。」
幼いころ母が私にしてくれたように、私は悲しみに暮れる友人にマグカップを差し出す。そのカップに唇を付け、人によってはちびちびと、またはごくごくと飲み干されていくのを眺めるのが好きだ。
魔法の飲み物の作り方には、コツがある。マグカップに牛乳を200cc、熱すぎずぬるすぎず、電子レンジで約1分。そこに蜂蜜を小さじ2杯。甘党の友人には少し多めに。そして仕上げにバニラエッセンスを1滴。
「ありがとう。」
私はもう少しで、母が私を産んだ年齢に達する。悲しみを消し去る魔法は、どんな時にも有効。次、母に会った時には手土産に蜂蜜を持とう。そして夜、あなたと二人で、優しい魔法の飲み物を飲むのだ。
(完)
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