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蜂蜜エッセイ応募作品

ハチミツの思い出

打浪 紘一

 

 大昔の話である。戦争が終わってしばらく日本は食糧難の時代が続いていた。私は小学生であった。基本的な食事さえ行きわたらない日 々では、甘いおやつなど滅多に口に入らなかった。生活レベルが高い家庭の子はお小遣いで、駄菓子屋で好きなお菓子を買って食べることもできたが、当時の私の家庭ではそんなゆとりはなかった。たまに、近所のおばさんが、小さなアメを手のひらに乗せてくれたが、私にはその甘さが夢の世界の出来事のように思えたものだ。そんなある日、父が出張から帰ると母と私の前に、「出張先でいただいたお土産だ」と、小さなビンを置いた。やや黄色味がかった液体のようなものが中に入っていた。「ハチミツだ。栄養があるんだぞ」父はにこにこして私の頭を撫でた。
 次の日わが家では味噌汁とごはんの代わりにパンが顔を出した。パンといっても、当時のパンは生地がザラザラで風味もなくパサパサした食感で、私はあまり好きではなかった。ところが、父がビンのふたを開け、ハチミツをすくって1滴、2滴パンに落とし、スプーンでスーっと伸ばして「ほら、食べてみろ」と差し出したのを一口かじったとたん、何とも言えない味と香りに魅せられてしまった。おばさんにもらったアメのようにめちゃめちゃ甘くはないが、子ども心にも、上品な、高級な甘さを感じたのである。
 貴重品だったハチミツは、母がしっかりフタを閉め、戸棚に置いていた。私は時 々、母の眼を盗みそれを指先でつまみ舐めしていた。分からないだろうと思っていたが、ある日、ビンの下に「なめすぎはどく」と書いた紙が置いてあった。
 私の悪戯は母にはすっかりお見通しだったのだ。そんな思い出のあるハチミツは現在の我が家では、健康に役立つ何よりの食品として定着している。

 

(完)

 

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