きらら
実家に帰り、久しぶりにかいだその匂いに、一瞬ぞっとし、瞬く間にいろんなことが思い出された。父が喉頭がんになったこと、そのときの家庭の静まり帰った雰囲気や次 々に励ましの言葉を掛け合う家族、声が枯れ、喉を焼き切り、先生からは生活習慣も大事だと言われたこと。そして我が家に漂い始めたあの香り。プロポリスだ。決してステキな香りだとは言えなかった。けれど、それ以来父の人生はその香りと共にある。
「プロポリスが喉にはええと聞くぞ」。天の声だった。なんでも試してみよう、があの頃の私たち家族の合言葉だった。病気とセットで思い出すからだろうか。プロポリスの少 々鼻をつくような独特の香りを嗅ぐと、「命」を感じさせられる。この命は永遠ではない、あの人も永遠ではない、全ての物事には終わりがあるという当たり前のことを教えられるのだ。
苦そうに飲んでいた。スプーンからこぼれることもあった。茶色い液体はどんな味がするのだろうと匂いを嗅ぎながら想像した。そして思った。これが父を助けてくれるのだ、と。
あれから何年が過ぎただろう。実家を訪ねたら少し背中の曲がった父がいつもの習慣を行なっていた。朝食後のプロポリスタイムだ。あの頃と同じ匂いが鼻をかすめる。一瞬にしてあの頃に戻った気分になり、目頭を熱くした。それを隠すために私は「お父さん、元気?」と大きな声をかける。父はよく通る声で答えた。プロポリスの容器を指差しながら、「おう、これのおかげでな」と。
(完)
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