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ミツバチと共に90年――

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蜂蜜エッセイ応募作品

蜜と煙突

白川あい

 

 パリ郊外の私たちの家には、煙突があった。

 19世紀後半に建築されたその家は各部屋に暖炉があり、直結された煙突がぽんぽんぽんと屋根の上から突き出ていた。今ではどの部屋にも暖房器具がついているので暖炉を使うことなどなかったが、特に取り除く必要もないので、ずっとそのままにしてあった。

 ある日、2階の娘の部屋の暖炉から何かが溢れていた。
暖炉からは外気が入ってくるので普段はスライド式の扉を閉めてあるのだが、その扉と石の床の間に液体が広がっていた。
「オイルかな?」と私は閉まっていた扉をガタガタと上にスライドした。
すると暖炉の部分にドバーッと大量に液体が。思わず頭を暖炉に突っ込んで上を見てみたが、真っ暗で何も見えない。
こんなところにオイルが溢れるなんて、一体どこから入ってきたのか、とその液体をじっと見てみると、どうもオイルとは違う感じであった。オイルのような液体感ではなく、少しこんもりとした感じなのだ。

 恐る恐る指を浸して、匂いを嗅いでみた。
思いがけず、何やら良い香りがした。
と、あまり考えずにぺろりと舐めてしまった。
それは蜂蜜だった。
それも大変良い香りと爽やかな味のする良品だ。

 なるほど、煙突の中に蜜蜂が巣を作っていたらしい。
前日に大雨が降ったので、その際に巣がひっくり返ってしまったのだろうと見当をつけた。

 近年ミツバチの数が減少しているというニュースを耳にしていた私は、ここ数年庭にミツバチ ・フレンドリーな花をたくさん植えていた。少しでも蜜蜂を増やそうとしていた訳だが、蜜蜂はそれなりに喜んで庭に来てくれていたらしい。私の家を訪れるにあたって、あまり邪魔が入らない煙突の中に巣を設けたのだろう。

 思いがけず、私の庭の花 々で作った蜂蜜の味見をすることができた訳だが、床に溢れてしまっては廃棄するしかない。

 どうせなら、瓶詰めにしてくれれば良かったのに…ああもったいない、と呟きながら、雑巾掛けをした。

 

(完)

 

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