渡辺 碧水
初老の男性は言う。「ボクの父も、祖父も、曾祖父も、蜜蜂を一番愛した。祖父は、百五十の群れからなる巣箱のために、専用の家まで建てたほどだ」。そしてまた、幼少のころを思い起こして述懐する。
ボクはよく庭に寝ころび、蜂の羽音に耳を傾けた。花 々のセックスを観察していたわけだ。
祖父が言うには、植物は大地に根を張っているから、野原を駆け回って抱き合うことができない。
子孫を残すためには、愛のメッセンジャーが必要になる。それが蜜蜂だ。
草花は蜂を誘うために甘い蜜を出す。蜂は蜜を吸って花から花へ飛び回る。花粉を体毛に着けて。
蜜のある花を探しながら授粉を続ける。そして、植物は実を結ぶ。
その男性は、スイスの美しい山岳地帯で、頻繁にコロニーを作ることで知られる在来種の黒い蜜蜂を大事にしている。伝統的な養蜂に大きな価値を置いている養蜂家ヤギーさん。イムホーフ監督作のドキュメンタリー映画『みつばちの大地』で最初に登場した愛蜂家である。
図書館から借りたDVDを観終わって、私は、蜜蜂を巡るさまざまな問題にいささか感傷的になっていた。
その時だった。妻が観ていたテレビはCMに変わった。
「はな~♪はな~♪はな~♪はな~♪」
調子を変えながら、同じ「はな」の歌詞を心地よく力強く繰り返した。 北海道の製菓メーカー『六花亭』のCMソング『花咲く六花亭』の歌だった。
私の頭の中で、花と蜜蜂とが結びついた。農薬規制や大量消滅など各種の難題解消はあるけれど、蜜蜂には何よりも自然の復活で豊かな花の楽園を作ってあげることではないか、と思った。
さらに記憶は飛んだ。小学校唱歌『春が来た』を合唱した幼い時代の故郷の風景。唱歌の二番のように草木に花が咲き誇るのが健全な姿だ、との思いを強くした。
「花が咲く、花が咲く、どこに咲く。
山に咲く、里に咲く、野にも咲く。」
そして、三番の替え歌でも、寝ころんで歌えたら、どんなに爽快なことか。
「蜂が飛ぶ、蜂が飛ぶ、どこで飛ぶ。
山で飛ぶ、里で飛ぶ、野でも飛ぶ。」
(完)
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