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「虻蜂とらず」の由来(三)

渡辺 碧水

 

 [「虻蜂とらず」の由来(二)から続く]
 新海記述は、前回の引用に続いて次の文が載っている。

 虻蜂取らずの意味は「あれもこれもとねらって一物も得られない」(広辞苑、岩波書店)ことですが、この意味だけが、江戸、明治、大正、昭和と受け継がれ、肝心の諺が出来た理由については全く伝わっておりませんでした。

 意味は、最も権威ある辞書とされる岩波書店の『広辞苑』の説明を採用している。この辞典は、第一版を一九五五年五月に、最新の第七版を二〇一八年一月に発行。全版に見出し項目「虻蜂取らず」があり、説明の「あれもこれもとねらって一物も得られない。欲を深くして失敗するのにいう」は一貫して変わらない。(第一~二版では「失敗するにいう」と「の」が抜けているが、誤植による欠落と推測される)

 一九九七年十月の新海記述は、二つ挙げられている意味の一つを省略しているが、後者の「欲を…」も重要な意味である。
伝承については、その後の平成、令和も含めて、そのとおりであり、意味理解の不十分さや違和感などはこの点にあると思われる。
続く文は、次のとおりである。

ところが昭和三十四年(一九五九年)に諺の研究者である金子武雄氏は「人間が虻や蜂をわざわざ取ることは考えられない。これはクモが網にかかった虻を取ろうとしたところに、今度は蜂がかかり、蜂を取ろうと向かったすきに虻が逃げ、さらに蜂にも逃げられた状況を、だれかが見ていて言ったものである」と発表したのです。

この部分は重要で中心をなす記述であるが、唯一、引用元が記載されていないので、文献等の確認ができない。以前に書いた「『虻蜂取らず』の意味(四)」でも「(筆者注:出典不記載)」とした。
国文学者で元東京大学教授の金子武雄(一九〇六~八三年)が、国文学の深い学識を背景に、多面的に日本の諺の研究に取り組み、画期的な総括的業績を残した当時の第一人者であることは、周知の事実である。「虻蜂とらず」の蜘蛛(クモ)説を唱えた最初の人であろうことも、ほとんど疑う余地のないことである。
にもかかわらず、肝心の最初の文献が示されていない。当初、出典不記載は記載漏れと思ったが、実は、当の新海栄一が該当文献等を確認できなかったから不記載とせざるを得なかった、と判断するに至った。
[「虻蜂とらず」の由来(四)へ続く]

 

(完)

 

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