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「虻蜂取らず」の意味(四)

渡辺 碧水

 

 諺「虻蜂取らず」について既に三回、意味や解釈がいろいろあることを紹介した。
 その直後、その存在をほとんど知られていなかったと思われる専門家の記述を偶然見つけた。参考になり、裏付けの資料にもなると判断されるので、追記しておきたい。
 蜘蛛(クモ)研究の専門誌『KISHIDAIA』(東京蜘蛛談話会の会誌で同会が発行)第七十二号(一九九七年十月発行)収録の追悼文「大熊さんに送る言葉」(新海栄一氏記、十三~十五ページ掲載)の中で述べられていた。新海氏は、蜘蛛の分類等を専門とする研究者で、蜘蛛の生態写真撮影では世界の第一人者といわれる写真家。
 諺「虻蜂取らず」は蜘蛛の行動から出たものらしいという話題が学界であり、当時、蜘蛛学者間でも関心が持たれていた。この経緯を述べ、新海氏自身が調べてわかったことを記している。
 以下の文は、新海氏の文章そのままではなく、筆者(渡辺)が内容を整理して紹介したものである。
 
 「虻蜂取らず」の言葉の初出は、江戸時代後期の一八二〇~三〇年ごろに活躍した為永春水等の人情本の中。「花の志満台四ノ十九回」の中に出てくる会話「悪くすると虻蜂取らずにならうもしれねーや」(日本国語大辞典、小学館)である。
 意味は「あれもこれもとねらって一物も得られない」(広辞苑、岩波書店)。この意味だけが、江戸、明治、大正、昭和と受け継がれ、肝心の諺ができた理由については全く伝わっていなかった。
 一九五九(昭和三十四)年、諺の研究者である金子武雄氏が次のように発表した。
 「人間が虻や蜂をわざわざ取ることは考えられない。これはクモが網にかかった虻を取ろうとしたところに、今度は蜂がかかり、蜂を取ろうと向かったすきに虻が逃げ、さらに蜂にも逃げられた状況を、だれかが見ていて言ったものである」(筆者注:出典不記載)
 この説については賛否両論あったようだが、現在(同:一九九七年ごろ)では主流を占め、『成語大辞苑』(主婦と生活社。同:大辞典とあった誤記を訂正)など多くの出版社(同:記載七社名は省略)の「ことわざ辞典」にとりあげられている。
 私(同:新海氏)も、蜘蛛が取り逃がした2実例を観察している(同:要旨。詳細具体例は省略)ので、金子説は十分信憑性があると考えている。
 
 以上を手掛かりに、筆者も更に確認追究をした結果、新海氏の記述を補充 ・明確化する必要のある事項が判明した。紙面の関係で、それらについては別稿で示したい。

 

(完)

 

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