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蜂蜜エッセイ応募作品

父の黄金

高橋愛実

 

 大学三年、ぼんやりとした春の不安が桜を散らせる頃。一人暮らしには不釣り合いなダンボール箱が届いた。差出人欄には、見慣れた乱筆。私はカッターナイフで封に刃を入れた。りんごとそうめん、タコ、ジャガイモ、玉ねぎ、サバの味噌煮缶はちょっとお高い柚子入り。ジェンガのように積まれた食品をひとつずつ台所の床に並べる作業は、むかし楽しみだったお弁当の時間に似ている。緩衝材には、懐かしいスーパーのビニール袋。ガサガサと鳴るその中に、黄金はあった。春の陽気で粘度が緩み、さらさらと流動する液体は、まさしく蜂蜜。使いかけか、500gと記載のある容器には半分が残っている。冷蔵庫には入れない。だって、父はいつも蜂蜜を台所の棚にしまっていたはずだ。
 果物を食べない父の甘味は、もっぱら蜂蜜。幼い頃の私は風味がわからず、父が出してくれたヨーグルトに蜂蜜がかかっていると少し残念で、とは言え男手ひとつでじゃじゃ馬を育てている父には言えず、黙って食べているうちに、齢16でとうとう黄金色の美味しさに気づいてしまった。体に良いから、蜂蜜にしなさい。ついお菓子を食べ過ぎる私を諌める声。コクが出るから、蜂蜜にしなさい。料理を教えてくれた優しい声。唇の皮を剥いてしまった時には、割れてしまった薄皮にオリーブオイルと一対一。スプーンで塗れば良いと教えてくれたけれど、甘ったるい匂いが香って、結局、私は塗ったそばから味わってしまった。
 「お前が大学に行ったら、俺は独居老人だな」
 3年前、別れ際の言葉。二人暮らしの頃は1000gで買っていた蜂蜜の記憶と、手元の500gの容器を比べる。たった半分、されど半分。少しの違和感と感傷が湧く。一人暮らしに似合いの、小さな容器だ。手の中で転がし、あ、ひとつ、発見。
 「値段が、倍だわ……」
 ダンボール箱に残った手紙には、オススメ高級蜂蜜のお裾分け也とのこと。そうか、量より質か。父の暮らしは、いつも黄金色だ。

 

(完)

 

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