フクラギ
蜂蜜はそれだけでもおいしいけれど、ちょっと特別な使い方をしたときにはびっくりするようなおいしさになる。昭和56年、わたしの故郷富山県は「56豪雪」という伝説になるほどの豪雪に見舞われた。それまでも大雪はしょっ中のことだったが、さすがに二階の窓から出入りできるほどの雪が積もったのは初めてだった。富山市内でも大雪で屋根が抜けたという話があちこちで聞かれ、屋根の雪下ろしが出来ない高齢のお宅に町内の中学生が駆り出されることまであった。授業を堂 々と抜け出せるので二、三人でホイホイと出かけ、中学校のそばにあった小さなお宅の大屋根に登って庭に向かって大喜びで雪を下ろしていった。学校に戻りたくないので、わざと時間をかけていたら、かなり大変だと思われたのか、帰り際、一人住まいをされていた高齢の奥様がおやつを出してくださった。中学生には値打ちがわかりそうにもないきれいな皿に、甘夏をふたつに切ったものが盛られていた。身体を使ったあとだったので、私たちは喜んでいただいた。小さな金のスプーンを使って、グレープフルーツのようにがぶっと食べると、甘夏に蜂蜜がかかっていてびっくりした。甘夏の酸味と野性的な甘さと蜂蜜のマイルドな味わいが合わさって、私たちはあっという間に食べ終わった。当時の中学生としては珍しく、きちんとごちそうさまでした、と言った気がする。学校までまっすぐ戻らず、甘夏と蜂蜜の相性についてしゃべりながら、川沿いの道を遠回りして歩いていた。雪下ろしをした家の場所はもう覚えていないが、甘夏と蜂蜜のおいしさは覚えている。あのときは、自分の家でもやってみよう、と口ぐちに言っていたが、多分誰もやっていないだろう。あのおいしい思い出を大事にしたいので、わたしもまだ再現していない。
(完)
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