多田愛弓
わたしと母の仲はあまり良くない。親子は密着しているから、そうだと言われるが、性格も考え方も違うから、まして密着していると、うっとうしくてならない。昔から母は独善的で、子どもを自分の理想にはめようとするから、わたしは小さな頃から怒られた記憶しかない。こちらも口をつぐんで、本を読んだり、一人遊びに自分を向けて過ごす術を身に付けてきた。だが、そんな悲しい?記憶の片隅に、一つだけあたたかな湯気のような場面がある。小学校一年生くらいだったが、風邪で学校を休んだわたしに母がマグカップを渡してくれた。のどが痛く、何も食べられなかった時だ。ゆらゆら揺れる湯気の下にあったのは蜂蜜を溶かしたスキムミルクだった。甘く、のどをいたわるような、今までに経験したことの無いあたたかくやさしい感触がのどを通ってくれた。本当に美味しかった。顔を上げた時、母の目が笑っていた。めったに見られなかったやさしい目だった。大人になってからも、この時の目をしばしば思い出した。母との絶え間ない喧嘩の合間にだ。母は米寿間近になり、こちらも還暦を過ぎたが、あい変わらず仲の良い親子ではない。だが、母の怒りの勢いが弱くなり、さすがにわたしも聞き流すようになってきている。親子は切るにきれない関係ならば、少したわませてもいいのだろう。やっとそんなことを思うようになってきた。痛むのどにもやさしく触れてくれた蜂蜜を、今度はわたしがあたためて渡してあげよう。怖かった母を優しく思い出させてくれた蜂蜜。たぶん、これからもずっと母とわたしの間にいてくれるだろう。
(完)
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