渡辺 碧水
私の住むマンションのすぐ近くに大きな複合商業施設がある。よく利用する入口近くにチキン店があり、通路の壁に二〇一九年一月、新発売らしい「辛口ハニーチキン」の広告が貼り出された。
蜂蜜と何かを加え合わせて鶏肉を蒸し煮にする「ハニーチキン」なるものは、かなり以前から普及し、テレビ番組にもしばしば登場するし、わが家でも買って食べることがある。蜂蜜の甘さを基調にバラエティーに富んだレシピがあり、蜂蜜に漬け込んで焼くだけの「ハニーハニーチキン」もあると聞く。
独身のころは、お茶代わりに牛乳を飲みながら昼弁を摂っていたほどの甘党であるから、私は躊躇なくお酒もカレーも甘口を選ぶ。だから、蜂蜜独特の甘味が特長のハニーチキンをわざわざ辛口にするとは「これ如何に」と、そこを通るたびに思っていた。
先日、中学生数人のグループと行き交った。広告を指さしながら一人が「これヤバイよな」と言い、続いて「ヤバイ、ヤバイ! 全然ヤバイ」と別の声も応じた。
「我が意を得たり」と、口が滑った。「ヤバイのか。そんなにひどくまずいのか」と。
一瞬キョトンとしたが、気づいた彼らはみんなふき出した。
その中の一人が中腰になって、ゆっくり口調で「失礼ですが、おじいさんは知らないのですか。ヤバイとは『おいしい、すごくおいしい』という意味ですよ」と真顔で説明してくれた。
「エェー、そうだったのか!」と、八十一歳の私は、ハゲ頭をポンと叩き、大げさに恥じて見せた。
どっと笑いながら、彼らはバイバイと手を振った。即興漫才を再現しながら笑い転げる歓声を背に、ニヤニヤしながら先を急いだ。
甘辛を微妙 ・絶妙に演出する新感覚の「辛口ハニーチキン」は、「甘さ」と「辛さ」を時間差で味わえるという。
屈託のない彼らに、食べずして、甘い特製蜂蜜ソースをたっぷりかけた新製品の旨味を堪能させてもらった。
今日のお茶の話題は「ヤバイ体験」にしよう。忘れないように帰宅も急いだ。
(完)
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