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ミツバチと共に90年――

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蜂蜜エッセイ応募作品

黒パンと蜂蜜

大阪のアン

 

 1945年8月、ソ連軍が樺太に侵攻し、各所で市街戦が繰り広げられた。俄作りの塹壕に身を隠したりしながら、敵の弾丸を凌いだ。
 
 我が家はすぐに接収され、ソ連軍将校の詰め所となった。私たちは母屋から追い出され、裏庭の離れに移った。住居として作られた建物ではないので、トイレも風呂も台所もなかった。それでも、雨、風を凌げただけでも幸いだった。抵抗すると捕らえられ、シベリア送りとなる。逆らわずおとなしくしているのが、身の安全に繋がった。
 
 食料が底を突いてきた。一日三食が二食となり、その上一食の量も減った。両親は自分たちの分を削ってでも、私や弟に回してくれた。それでも腹一杯になることはなかった。両親の苦労を見ているだけに、「お腹が空いた」とか、「もっと食べたい」とかとは言えなかった。
 
 ある日、とうとう堪え兼ねた父が、母屋へ出かけて行った。
 「お父さんは将校に食料を分けてもらいに行ったのよ。大事にならないといいがね」と、母の心配そうな顔。私は不安になった。
 
 やがてそれは杞憂に終わった。父は両手に黒パンを抱えて戻ってきた。
 「話の分かる将校で、こんなにくれたよ。蜂蜜をつけて試食させてくれたんだが、いけるぞ!」と、上機嫌である。蜂蜜も手にしていた。
 
 食べやすいように薄めにスライスし、そこにたっぷりと蜂蜜を垂らした。初めての黒パンだった。噛み締めるほどに、蜜の甘さが口の中に広がった。砂糖も菓子も長らく口にしたことがなかっただけに、蜜の甘さが十倍にも百倍にも甘く感じられた。
 
 機会があれば、樺太から名称を変えたサハリンで、黒パンにたっぷりと蜂蜜をたらして食べ、当時に思いを馳せてみたい。

 

(完)

 

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