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ミツバチと共に90年――

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蜂蜜エッセイ応募作品

澄んだ瞳を持つ男の話

みなと

 

 従兄のKの話である。
 今はもう九十歳になろうという老人だが、若い時はミツバチを追って九州から北海道へと旅を続けていた。
 どこやらの県境の山の麓には蕗が群生しているとか、どこやらの川っぷちではウナギが泳いでいるなどと、日本の国全体が彼にとってはまるで自分の家の庭先のような感じで語ってくれる。
 彼は典型的な「世間師」で、世間のあれこれをよく知っているだけではなく、旅の間に身に付けた「世渡り」の楽しみ方を会得していた。Kが語り始めると、まるで上質な物語を聞いているような感じさえする。
 なにしろ、目が美しく、澄んでいる。友人を連れていったとき、帰りの道で彼女はこう言った。
 「あんな澄んだ眼を持つ老人を始めて見た」
 そうなのだ。Kは老人になった今でも、若い時と変わらぬ澄んだ瞳のままなのだ。
 なにしろ、人柄が温かく、決して怒ったりすることはない。Kに会い、Kの語るのを聞くとその瞬間から自分の心が穏やかになる。
 そのKが今はあまり外に出ることもなくなった。病気ではない。ただ、老いがKの周りに静かにやってきたのだ。私はKと向き合って、その落ち着いたたたずまいに見惚れていると、彼は傍らの小瓶から錠剤を取り出して水も含まずに口に入れた。
 「それは何?」と尋ねると「プロポリス」と一言。「蜂飼いをしていたころの置き土産だよ」と言う。「ずっと飲んでるの?」「ああ、手離したことはない」「若い時からずっと?」「ああ、そうだ。旅の間もずっと愛用してたんだ」
 ――だから、あなたの瞳はそんなに澄んでいるの?
 私は心の中でこう尋ねていた。老いてなおこんなに澄んだ瞳を作り上げたのは、ミツバチを追う旅とプロポリスだったのかも知れないね、と。

 

(完)

 

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