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ミツバチと共に90年――

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蜂蜜エッセイ応募作品

午前九時の祈りと

湯野晶子

 

 それを思い出すのは、たいてい休日の朝である。八枚切りの食パンを焼いている間、棚から蜂蜜を取り出す時に、それは記憶の底から遠慮がちに顔を覗かせる。
 それとは、幼い頃に読んだ物語のワンシーンである。題名も内容も忘れてしまったが、妖精が出てきたことだけは覚えている。確か、人間界にやって来た妖精と人間の女の子が出会い、一緒に遊んでいたのだと思う。そこには蜂を育て、蜂蜜をとって生きている男の人がいた。私が鮮明に覚えているのは、彼がその蜂蜜を味見させてくれる場面である。
 彼は蜂蜜をたっぷりと皿に入れて女の子たちに差し出す。女の子たちは蜂蜜を人差し指につけて口に運ぶ。それは、頬が落ちるほど甘くて美味しかった。たったこれだけの話なのだが、約十年前、小学校に入るか入らないかという年齢だった私のそれまでの常識を覆すには充分すぎるほど衝撃的な場面だった。
 幼い私にとって、たとえ味見が目的であっても蜂蜜は何かにかけて食べるものであり、それだけを皿に入れて味わうなんてあり得ないことであった。しかも蜂蜜を直に指につけるなんて、手がベタベタになってしまうではないか。驚きと、それを上回る憧れが私の心を支配した。やがて大きくなるにつれ記憶は薄れていったが、あの不思議な高揚感は忘れようにも忘れられなかった。
 実は、小学校高学年くらいの時にそのシーンを思い出して蜂蜜だけを皿に入れて食べてみたことがある。白いセラミックの小皿に、蜂蜜をスプーン一杯分出して、あの物語の女の子のように人差し指ですくって舐めた。しかし、当たり前だがそれはいつもの蜂蜜の味しかしなかったし、セラミックの冷たさが私をなんとなく寂しい気分にさせた。あの男の人が差し出した皿は、たぶん木でできていたのだろう、と結論付け、皿を洗った。
 それから何年も経ったというのに、私は休日の朝の蜂蜜に、ついあの物語の蜂蜜を見てしまう。この幻は、もしかしたらある種の祈りなのかもしれない。

 

(完)

 

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