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蜂蜜エッセイ応募作品

蜂蜜の思い出

神山 ななこ

 

 5年前に一人暮らしを始めたとき、食卓に何かが足りないと思った。
 実家の朝食は、いつもきちんと用意された。定番はパンとコーヒーに卵にサラダ、ヨーグルト。「量が多すぎて、食べてたら仕事に遅刻するわ」と、いつも母に言ったものだ。
 しかし、一人暮らしをして気づいた。毎朝変わらずに朝食を用意することが、いかに大変かを。そして気づけば私も、時間に追われながら母のような朝食を、毎日用意するようになっていた。
 それでも足りないと思った。そう、蜂蜜だ。
 実家にはいつも、大きな蜂蜜の瓶があった。新しい蜂蜜が買われてくると、レモンも一緒に用意される。半分に切ったレモンを絞るのは、小学生の頃から子どもたちの役目だった。
 買いたての蜂蜜の瓶の中へ、レモンの絞り汁を流し込む。黄金色の琥珀のような美しい蜂蜜が、レモンの果汁で一気に濁る。すぐにやって来る透明な蜂蜜の見納めを、幼い頃は惜しんだものだ。そして長いスプーンでかき混ぜられた蜂蜜が、朝のパンには欠かせないわが家の必需品だった。
 私は蜂蜜を買った。そして迷ったがレモンも買った。同じようにレモンを絞る。スプーンにすくって一口なめると、大げさだが故郷の味がする。
 蜂蜜の思い出には、いつもともに食卓を囲んだ家族の、話し声や仕草がくっついてくる。目を閉じると、レモンがうまく絞れたと、母に駆け寄る幼い私の足音が聞こえる。
 おそらくこれから先も私はレモン入りの蜂蜜を食べ続けるだろう。美しい琥珀色との別れを惜しみながら。

 

(完)

 

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