遠藤 祐花
身体が重い。38度の熱を出して、さっき小学校を早退してきたばかりの私は、ベッドに横たわっていた。部屋に入ってきた母は、氷枕を変えながらふと思いついたように言った。
「そういえば、給食の前に帰ってきたから、お昼ご飯食べてないでしょ。何か食べたいものある?」
私は高熱のせいで食欲がなかったから、何も食べたくない、と答えようとした。しかしその瞬間、熱でぼんやりした頭にはっきりとある言葉が浮かび上がった。
「ホットケーキ。ホットケーキが食べたい。」
「ホットケーキ?熱があるのにそんなもの食べられるわけないでしょ。」
「絶対に食べるから。お願い、作ってよ。」
母は私の勢いに押されて、しぶしぶ準備をし始めた。不器用で面倒臭がりな母は、滅多に料理をしない。ましてやホットケーキのようなお菓子なんて絶対に作らない人だ。だからこの間、友達が「お母さんにホットケーキ作ってもらったの」と自慢げに話しているのを聞いた時、とてつもなく羨ましく思った。それ以来、ホットケーキへ強い憧れの念を抱いていたのだ。
数分後、ホットケーキは甘い香りとともに登場した。ほこほこに焼きあがったホットケーキに正方形のバター。そして濃厚な金色なのにどこまでも透き通る蜂蜜がたっぷり飾られている。
一口食べると、蜂蜜の優しい味が口いっぱいに広がっていく。砂糖みたいな、調味料として役割を果たすだけの無機質で攻撃的な甘さではない。舌で転がすと鼻に抜けていく芳醇な香りと深みのある甘さがいつまでも残るのだ。熱があったというのに、蜂蜜の美味しさの虜になった私は、きらきら輝くこのホットケーキをぺろりと平らげてしまった。
あれから十数年たった今でも、熱を出した時には決まって蜂蜜が食べたくなる。それはきっと、この経験があったからに違いない。舌の熱でじんわり口の中に広がる蜂蜜は、どんな薬だって敵わない、魔法の食べ物なのだ。
(完)
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