河上輝久
「兄ちゃん蜂蜜要らんか?」
洗濯物の集配に行くと、お客さんから言われた。
「嫌いでは無いから」
その時の私の家では、高価な蜂蜜を食べれるほどの所得は無かった。他人に正直には言えなかった。しかし、お客さんから戴いた。貰った私は、ニンマリとした。
「食パンにこれを塗ってくれ」
急いで帰宅した私は、妻に言った。
「これ蜂蜜と違うの?」
妻の言葉は無視した。一刻も早く食パンに塗った蜂蜜を食べたかった。口に入れると、何とも言えない甘みが、口の中に広がった。極楽の味だった。
ふと見ると、妻が蜂蜜を食べようとしていた。
「食べるな! それは高いから」
その言葉に妻は、私を憎 々しく睨み付けた。だが、私は怖くはなかった。これだけは、妻には分けてやる訳にはいかなかった。
「リンゴでも蜜柑でも好きなだけ食べさせてやるから。これだけは駄目だ」
「ふん! 覚えていらっしゃい」
捨て台詞を残して台所に消えた。
夕食の時間になっても妻は、支度をしなかった。
「ご飯はまだか?」
妻は素知らぬ顔をしていた。だが、何が起こっても蜂蜜は分けてやらなかった。
(完)
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