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ミツバチと共に90年――

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蜂蜜エッセイ応募作品

夢飼い

三島 麻緒

 

 あまり家業に熱心ではなかった父は、そのかわり多趣味だった。とりわけ生き物が好きで、農家だったから鶏や牛はいたが、チャボや烏骨鶏、七面鳥、ヤギ、ついにはキジも飼いはじめた。キジは、山犬にとられた。母はもう、あきらめていた。古い知り合いに、プロの養蜂家がいて、花を追って全国を旅するという話を聞いてきた父は、にわかに蜂を飼おうと思い立った。各地の花を求めて旅をするー、父にはそれが夢のある仕事に思えたようだった。
 せっかちな父は、ろくな手ほどきも受けないまま、さっそく、巣箱や巣枠も自分で作った。覆面布は、麦わら帽子に古い蚊帳を継ぎ足したものだった。母は、その帽子をかぶって立つ父を見て、苦笑いしていた。洋蜂は、その知人から分けてらった。
 私はそのころ、小学校の高学年だったが、女王蜂やローヤルゼリーなどという言葉を覚えた。食ってみろ、うまいぞ。と言われて、蜜臘ごともらって口に入れたことがあったが、口の中が臘でねばって困った。
 もう一つ、忘れられない言葉に「分蜂」がある。夏の夕食時だったと思う。今日あたり、分蜂するだろうと思っていたらしく、前の畑をときどき見ながら焼きナスを食べていた父が、立ち上がって外にでた。
 数分後、突然父の悲鳴が聞こえてきた。父は木の枝に房のようにぶらさがっている蜂の下で、転がりまわっていた。私は、急いで家の中にはいると、母や姉とともに玄関や窓の戸を閉めた。助けを呼ぶ父の声は、しばらく続いていた。
 頑固者の父は、病院にいかなかった。三日ほどたった時だった。リュウマチが治ったと嬉しそうにいうのである。もう、これで免疫もできたことだし、今度はトラックを買って旅に出るといい始めたのである。これは、母の猛反対にあって、やめざるをえなかったのだが、今父の生きた歳を越えてみると、あのころ父が思い描いていた夢の中身が、なんとなくわかる気がする。

 

(完)

 

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