感王寺美智子
「さ、お茶っこすっぺ」
仮設住宅の集会所にみんなが集まると、テーブルの上に、大きな蜂蜜の瓶が、ドン、と置かれる。
「オラはコーヒー」「オラは紅茶だ」
「よいっ、しょ。ほれ!」
瓶の蓋が開けられる。それぞれのカップに好みの量を入れながら、蜂蜜は、テーブルをぐるりと一周する。
「ほい、終わり!」
アンカーは、ハナばあちゃん。自分のカップに、蜂蜜を入れた後、もうひと匙すくい、ペロリと舐め、スプーンを流しへ片付ける。 この最後のペロリは、誰にも譲らない。
この集会所に、蜂蜜をおくようになったのは、私だ。私は、以前、乳がんになり、抗がん剤治療をした。ご飯の匂いさえ、気持ち悪くなり、何も食べられなくなった。その時、助けられたのが蜂蜜だった。蜂蜜は、優しかった。噛む気力もない口の中に優しく広がり、飲み込む力もない喉を静かに流れ、私の身体に力となって染み込んでいってくれた。
お年寄りの多い、この仮設住宅に来て、それを思い出したのだ。
「緑茶に入れても美味しいんですよ」
これが大評判だった。
「蜂蜜さ、飲むようになってから、調子よぐなっただ」
「ほんら、お肌も、しっとりだべ」
そして皆さんは、蜂蜜を、普段の料理にも取り入れるようになった。中でも、郷土料理の「がんづき」という蒸しパンのようなお菓子に蜂蜜を使い、若い人たちにも喜ばれる風味となった。
昨年の夏、仮設住宅は、取り壊され、みんな散り散りとなった。しかし、どこへ越しても、それぞれのキッチンには、蜂蜜の瓶が、ドン、と置かれていることだろう。
(完)
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