阿礼麻亜
子供の頃、贅沢なおやつをあてがわれてはいなかった。さほど豊かな家ではなかったのだ。テレビの中に描かれているような苺のショートケーキなどは夢のまた夢。しかし、いつも私は満ち足りていた。
「ただいま」
「おかえり。学校はどうだった?」
学校から帰ると母はいつも同じことを尋ねる。
「別に。普通」
そっけない私の答えもいつも同じ。
「手を洗ってうがいしたら、3時のおやつにしましょう」
「はーい」
3時のおやつだなんて、気取ったことを言う。
「今日は何?」
「今日はね、パンを焼いてはちみつかけていただきましょう」
「やった!たくさんかけてね」
「はい。たっぷりかけましょう。それからお紅茶」
「えへへ。お紅茶だなんて気取ってるねママ」
気取っている割には、出てきた紅茶にはミルクもレモンも添えられていない。それどころか、紅茶は食事の時の湯呑に入っていたりした。しかし、その紅茶の美味しいことと言ったら。
「ママ、紅茶にもはちみつ入れてくれたの?」
「そうよ。ゆっくりおあがり」
甘くて美味しくて温かくて。
我が家には、いつもはちみつがあった。大抵はレンゲのはちみつ。大きな瓶に入ったものが常に台所の戸棚の中に入っていて、一度も欠かしたことはない。母のいない時にこっそりその瓶を取り出しては、指を突っ込んで口に含みにんまり。懐かしい。
そういえば、子供の頃の母の思い出にはいつもはちみつがあった。もちろん、戸棚にはジャムもマーマレードも入っていた。しかし風邪をひいたとき、小腹がすいたときに決まって戸棚から母が取り出すのははちみつの入った瓶だった。
はちみつは身近にあった特別な食べ物。天国にもきっとあるに違いない。その天国の食べ物が食卓に登場すると、食す人たち皆をたちまち幸せにしてくれる。それに母の笑顔が添えられると、まさにそこが天国になる。なんて素敵なことだろう。
(完)
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