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蜂蜜エッセイ応募作品

おかあさん、それなあに

いわのいわみ

 

 わたしは幼いころ家にお風呂がなかったので、母と銭湯へ行っていた。母は湯船に近い隅の場所が好きで、いつもそこに座った。そして、母はお風呂上りの最後の仕上げに、小さなビンに入った琥珀色のクリームを顔に塗ると、きまってとても幸せそうにほほえんだ。
 「おかあさん、それなあに?」
 つややかな母の頬を覗き込み、訊ねると、また、ふふふ、とほほえんでから「あなたにも」といって母は琥珀色のクリームをわたしにつけてくれた。
 クリームは浴場の水蒸気ですぐに溶けて口の中に入り、甘味となってひろがった。 
 「おかあさん、これ、はちみつだ!」
 はちみつの甘さが、銭湯の、少し熱い湯でのぼせ気味だったわたしを元気づけた。母は「はちみつをつけると、肌がとてもしっとりするのよ。それに……」といったまま、はちみつを洗い流すと、そろそろ出ましょう、と、わたしの手を引いた。わたしは「それに」と言いかけた言葉の続きが何となくわかった。「おいしい」、母はきっとこういいたかったのだ。はちみつクリームを塗った後の母の顔は、とても幸せそうだったから。
 母が亡くなって七年が経つ。一人暮らしとなった父に、去年、癌が見つかった。それからは、父の身の回りを手伝うため実家へ帰る。電車で往復四時間の距離。楽ではない。
 先日、「たまにはゆっくりお父さんと過ごして来たら」という夫の言葉に甘え、実家に泊まった。とうに、お風呂が無かった家から引っ越していたから、その時の様子がどんなだったか思い出せない。それでも、母と暮らした実家が、銭湯での母のほほえみを思い出させ、わたしを近くの銭湯へと足を運ばせた。小瓶にはちみつを詰めて。
 母と行った銭湯の記憶はほんの一瞬の出来事だ。それでも、隅っこの洗い場に座ると懐かしい。わたしは小瓶の中のはちみつを顔につけた。
 鏡には、母と同じようにほほえんでいるわたしが映っていた。

 

(完)

 

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