岡輝明
母方の伯父は、いろいろなことに挑戦するのが好きな人でした。「人生、挑戦」が口癖でした。それもそのはず、戦中に生きた伯父は戦地で随分鍛えられ、自立を絵に描いたような私の憧れの人でした。
ある年、伯父の家に行くと真新しい養蜂箱が裏山の土手に積んでありました。五つばかり手作りして、いろいろな場所に据えてあるとのこと。「蜂蜜を食わしてやる」と言うのです。しかし、母に聞くと病気がちだった祖母(伯父と母の母親)に食べさせてやりたいのが、どうやら真意だったようです。真の理由を口にするのは照れもあったのか、「みんなにご馳走する」と言ったようなのです。私は、「本当は婆ちゃんに食べさせたいんじゃろう」とは口が裂けても言ってはならないと思いました。あんな厳つい伯父が実は優しい人だと知って、胸が熱くなったのです。
以来、家を訪ねるたびに蜜蜂のことが気になりはじめました。様子を見に土手に上ったことも二度や三度ではありません。いずれ人に盗られるとは知らず、働きものの蜜蜂たちは山野を飛び回り、密を採取しては帰ってくるのです。私はその様子を暫く見続けていました。
養蜂箱が味のある飴色に変わる頃、伯父は密を小瓶に集めていました。私の訪問を待って、みんなに振る舞ってくれました。その時の得意気な顔といったら今も忘れません。しかし、当の祖母は少しだけ舐めて「もう要らん」と言うのです。伯父は「もう少し」と勧めるのですが首を縦に振りません。その時の伯父の哀しそうな顔は私が初めてみる顔でした。
それから暫くして祖母は亡くなりました。伯父は何を思ったのか、墓石の傍にも養蜂箱を設えたのです。母に尋ねると、もっと蜂蜜を食べさせてやりたかった伯父の願いと、蜜蜂が往き来すれば祖母も寂しくないだろうとの思いからだというのです。
母は「お墓の傍で集めた蜂蜜は嫌だ」と言いましたが、伯父は一向に気に留めず、そこで採れた蜂蜜を別の瓶に入れて美味しそうに食べていました。
そんな伯父も亡くなって早二十数年。いつしか養蜂箱は朽ちてしまいました。
彼岸の墓参りの度に、私はそのことを懐かしく思い出しています。
(完)
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