吉行祥
年寄りは概して早起きである。私もご多分に漏れず、最近目覚める時間が早くなってきた。希望起床時間は四時なのだが、三時過ぎに目が覚めることもある。当然疲れも取れない。妻に話してみると、「いいものがあるわ。試してみなよ」といってびんを一つ持ってきた。
幼稚園のころ、ある夜、父が上機嫌で会社から帰ってきた。迎えに出てみると、手伝いの若い男性と、一斗缶を運んできたではないか。玄関に鎮座した缶は恐ろしく重く、力いっぱい押してもびくともしなかった。父に尋ねると「エーライシャン」だという。
何日もかかって母が小分けをしていった。中身は体が弱かった私のために、両親が手に入れた「はちみつ」であった。相当無理したのではないだろうか。その日から、我が家ではジャムや砂糖の類が姿を消した。パンに塗ることはもちろん、紅茶にホットケーキにと大活躍であった。そのほかに母はニンニクを漬け込み、毎朝なめさせられた。正直いやだったが。
また、母の実家は青森の山奥で、マムシが出没する地であった。電話で祖母にマムシを頼んでいた。確かに以前は、部屋にくし刺しになったマムシが干されていた。それを漬け込もう魂胆だ。しかし、祖母には断られたようで、私は胸をなでおろした。冗談じゃない。
それから時が過ぎ、私は結婚することになった。実家を訪ねたとき、「マムシのはちみつ漬けを食べさせられるところだったんだ」と妻に話したところ、母が「もしかしたら、まだあるかも」という。
三十分後母は、ビンを一つ抱えて戻ってきた。びんは埃だらけで最後の1つだという。三十年ものの「はちみつ」である。少し舐めて吐き出そうと思っていたのだが、びっくり仰天。あの時と変わらぬおいしさであった。もらって帰って一週間で食べきった。
さて、妻の説によれば、年を取ると早起きなるのは、眠り続ける体力がないからなのだそうだ。そのエネルギー源として「はちみつ」が最適だから、寝る前にスプーン一杯舐めてごらんよという。あの日以来妻もすっかり「はちみつ党」になっていたようで、妻専用の棚は世界中の「はちみつ」でにぎわっている。きちんとした「はちみつ」は、長く持つことは実証済み。さて、今日もそろそろ寝るか。支度をしたらキッチンに戻り「お休みはちみつ」。両親と妻の愛情を感じつつ今宵も夢路につこうではないか。
(完)
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