何某七名四
……当時八歳の私は、近所のスーパーのはちみつコーナーで右往左往していた。
「あら、メープルシロップがもう無いね。――スーパーにお遣い行ってきて」
その日、母は家でホットケーキを焼いていた。焼き上がりの頃である。母が私にお遣いを頼んだのだ。他にアイスと、なにか些細なものもついでに頼まれ、私は千円札を二枚手渡されていた。
さて、肝心なスーパー内である。私は冒頭の如く、右往左往していた。……はちみつコーナーを見つけたのは良いのだが、なにやら種類が豊富である。リアルな蜜蜂のスケッチと共に、ずらりと黄金色が並ぶ棚。紹介文にはレンゲ、アカシア、ヌマカ、それに、リンゴやらミカンなどと記載されたものもある。――はみちつとは、あの“はちみつ”ではないのか?なぜ、リンゴやミカンの文字があるのだろう?八歳の私は不思議で仕方なかった。しかし、今にして思えばなんて罪なスーパーであろう。あれほどの種類のはちみつが、なぜ一介のスーパーに用意されているのか。――幼き日の私は店員さんに声をかけるしかない。
「普段お母さんが買ってるはちみつはどれになるのかな?」
「ええと、この中には無いみたいです」
……それはそのはずである。普段家にあるのは、メープルシロップなのだから。
「そうかあ。でもね、どれもはちみつには違いないから、予算で選んだらどうかな?」
やはりそうするしかないようである。……しかし、それらのはちみつに付けられた値段は――手元の二千円で買えるには買えるのだが、どうにも心許ない……。
「……なら、これにします」
私はそれらの中で妥当と判断した一本を選んでレジに進んだ。しかし、予算の都合上、アイスやら他の商品は諦めることになった。
「……アンタはお遣いひとつ満足にできないのか。ああ、情けない」
家に帰るなり、私は母に怒鳴られた。ぶつぶつ文句を言われながら食べるはちみつのホットケーキは、ほろ苦い記憶として私に刻まれている。
現在、私には四歳の息子がいる。彼がもう少し大きくなったら、私はホットケーキを焼こうと思う。そして焼き上がりの頃にメープルシロップのお遣いに言って貰うのだ。その際にメープルシロップを買ってきたなら、それで良い。しかし、もし、はちみつを買ってきたとしたら、「――やはり俺の息子だな」と声をかけてやり、一緒に最高に甘いホットケーキを食べようと思っている。
(完)
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