藤井 俊樹
学生時代、私は女性へのプレゼント選びがとにかく苦手だった。アクセサリーは好みが分からないし、服はサイズが分からない。無難にハンドクリームなどに逃げると、「とりあえず感」がにじんでしまう。デパートの売り場をさまよい歩き、結局なにも決められないまま閉店時間を迎えたことが何度もあった。そんな優柔不断な私を救ってくれたのが、蜂蜜だった。ある日、コスメフロアの一角でとあるブランドの小さな瓶が整然と並ぶコーナーを見つけた。ガラス越しに光る黄金色と、リボンのついた白い箱。学生の財布には痛い値段だったが、「自分ではなかなか買わないけれど、もらったらうれしいもの」という条件にぴたりとはまった。思い切ってその蜂蜜を友人への誕生日プレゼントに選ぶと、彼女は目を丸くして「かわいい!」と喜んでくれた。その様子を見て以来、私はプレゼントに迷ったら蜂蜜を贈ることにしている。相手が甘いもの好きでも、健康志向でも、パン派でもヨーグルト派でも、蜂蜜ならたいてい出番がある。トーストに垂らしても、紅茶に溶かしてもいいし、喉が痛いときのお守りにもなる。見た目が華やかなうえ、実用的でもあるという点で、蜂蜜は「気持ちを形にしやすい贈り物」なのだろう。
今の妻にも、まだ恋人だった頃にそのブランドの蜂蜜と石鹸のセットを贈ったことがある。彼女は、その蜂蜜を料理に使ったと言ってくれた。その姿を見ながら、私は自分のささやかなプレゼントが、彼女の日常の時間を少しだけ甘く彩っているように感じた。それ以来、お祝いやお世話になった先輩へのお礼など、人生の節目には蜂蜜が登場するようになった。職場の同僚に小さな瓶を配れば、「どんな味だろう」とラベルを読むところから会話が生まれる。百花蜜、みかん、さくらなど、花の名前が並ぶその文字列は、忙しさに追われる日常の中で、季節の存在をそっと思い出させてくれる。ミツバチが集めた膨大なひとしずくを瓶に詰めた蜂蜜を贈ることは、「おめでとう」や「ありがとう」だけでなく、「これからの日々も穏やかでありますように」という祈りを手渡すことなのかもしれない。
ほんの一匙をパンに垂らすその瞬間、相手の一日が少しやわらかくなる。そんな光景を想像しながら選ぶ時間もまた、贈り手にとってのささやかなごほうびだ。だから私は、これからもきっと迷った末に、蜂蜜の棚の前に立っていると思う。
(完)
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