三軒つきの
時を経てぼんやりと薄暗い印象のみとなった中学生時代の記憶の中で、保健室の先生は温かい感触の一部として残っている。
実際に、保健室は他の教室よりよく日が差し込み暖かかった気がする。古びて波打った清潔なリノリウムの床が陽光を乱反射して、常に眩しかった。
不登校になりきらず、教室にもずっとは居られない私は、相当な時間を保健室で過ごした。他の子がいる時はカーテンを引いたベッドに腰掛け、そうでない時は人工革がひび割れたソファに座った。本を読むことも勉強することもなく、ただ保健室の風景を眺めて、校庭の体育の遠い音を聴くともなしに聴いていた。
保健室の先生はデスクワークをしていて、時々私に短い会話を持ちかけてくれるものの、基本はそっとしておいてくれた。
中学生の私は、硬い髪をおしゃれじゃないショートにしていて、肌も唇も乾燥して、痩せぎすで、常に指先が冷えているのに手汗が滲んでいて、と全身で緊張しているのに対して、先生は全身でリラックスした大人の女性だった。黒髪を低く束ねヘルシーな薄化粧をして、季節に合わせた厚みのカーディガンを羽織っていた。女性の素敵なところを全て持っているような人だった。
断片的な会話から、ホノルルマラソンを完走したこと、トレーニングジムにストイックに通っていたことなどを知った。人生をよいものにしようとしている先生だった。
ある時、先生がキャスター付きの椅子を私が座るソファに寄せて言った。
「私は落ち込んだ時、蜂蜜をなめるの。瓶からスプーンですくってそのまま」
私は、快活で優しい先生が落ち込むということが上手く想像できなかったし、そんな先生を落ち込ませるような出来事がある世の中はちょっと酷いと思った。
「蜂蜜をそのままなめると、優しい甘さでほわ、っとした気持ちになるんだよ」と続けて先生は椅子に脱力してみせた。
中学生の私は、家で蜂蜜をなめてみたと思う。正直よく覚えていない。
十年近く経った今でも時々、ヨーグルトにかけたり紅茶に入れたりするための蜂蜜を匙に乗せてそのままなめる。蜂蜜はパリパリに割れた唇の皮を潤し、酸っぱく悲しい空腹の胃を弛緩させる。私は保健室を思い出す。
世の中、もとい自分の心の内は、時々荒んで蜂蜜が必要になるし、今後も蜂蜜をなめることを忘れるほど穏やかにはならないかもしれない。けれど、多分、生きているってそういうものだし、蜂蜜がなめられるからそれでいいと思う。
(完)
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