高橋菜穂子
若い頃から歌が好きだった。本格的に声楽の先生について練習を始めたのは四十七歳の時からである。
元々軽い声であった私が、コロラトゥーラという声の種類であることがわかったのも、声楽の勉強を始めてからだった。それまでは何も知らず、自分の声とは正反対のわりとドラマティックな重い歌ばかりを好んで歌っていた。軽い曲が私の声には合うとわかってからは、コロラトゥーラの曲ばかり選んで歌っている。そのため、それまで出なかったハイES(中央から2オクターブ上のミの♭) までが出せるようになった。
あれから十四年、私は現在六十一歳になり、明らかに喉の衰えを感じるようになってきた。しばらく誰とも話さないと痰が絡むようになり、念入りに発声練習をしてからでないと、以前のようにすぐに何でも歌えるというわけにはいかなくなってきたのだ。
色々と喉の薬を試し、薬局通いが始まった。のど飴も何種類も買って試してみた。昔から薬が嫌いでなるべく飲まないようにしてきたのに、痰絡みの声をどうにか治したくて必死だった。
声楽は身体が楽器である。六十歳を超すと筋肉の衰えが顕著で、見た目にもわかる手足は元より、声帯や横隔膜など内部の筋肉の衰えも自分の歌でわかるようになってきた。
「最近、痰が絡んで声がうまく出なくなってきたの」
夫との何気ない会話の中に、つい日頃の悩みが零れていた。薬を色々と試しているが、どれも今一つ効果がないことも話した。
数日後、夫は青い四角のボトルに入った蜂蜜を買ってきてくれた。
「これ、舐めてみたら?薬じゃないから安心だよ」
ラベルには横文字で『マヌカハニー』と書かれている。夫は喉に効くものをネットで色々と検索してくれたらしい。名前は聞いたことがあったが、薬で改善しないのに蜂蜜などで治るのか。半信半疑だった。しかも、驚くほど高価なものだ。
私は歌の練習をした後のケアとして、スプーンですくって舐めてみた。普通の蜂蜜のように美味しいというものではなく、少し癖がある。ところが一週間も続けると、絡んでいた痰が徐々になくなってきたのだ。
老化は薬でもどうにもならないものと諦めていたが、夫が買ってくれたマヌカハニーが、私の喉にはどうやら合っていたようだ。嫌だった薬剤のストレスがないせいかもしれない。とにかく、今はマヌカハニーが私の声を支えている。これからも、歌える限り、歌を歌い続けたいと思っている。
(完)
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