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ミツバチと共に90年――

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蜂蜜エッセイ応募作品

蜂蜜がつなぐ時間

西澤佳夏

結婚してオーストラリアに住んでいた頃、私は知り合いもおらず、心細い毎日を送っていた。日本ほど湿気がない気候のためか、喉を傷めやすく、咳をしながら近所を歩くことも多かった。

そんなある日、私の様子を見かけた近所のおばあさんが、「蜂蜜を喉に垂らすと良いよ」と声をかけてくれた。

そのおばあさんは、自宅から少し離れた場所で蜜蜂を飼い、蜂蜜を作っていた。養蜂家だったのである。蜜蜂が集まる木箱のことや、季節ごとの味の違いを話してくれた。自分の手で作った、きらきらと光る蜂蜜を分けてくれる、その振る舞いが、当時の私にはありがたかった。

試してみると、喉の痛みは次第に和らぎ、風邪をひくことも少なくなった。とろりと甘い蜂蜜を少し喉に含ませるだけだったが、それが私にはよく合っていた。異国での暮らしの中で、蜂蜜は体調を整えるための、ささやかな習慣になっていった。

その後、子どもを授かり、日本へ戻った。帰国してからは、喉の痛みを覚えることもあまりなくなったが、あのおばあさんの蜂蜜のことは、ずっと心に残っていた。

三歳までほとんど風邪をひかなかった息子が、ある日「喉が痛い」と言い出した。薬を飲ませようとしたが嫌がって逃げ回り、どうしたものかと思ったとき、ふと、あのおばあさんの言葉を思い出した。「甘いよ、大丈夫だよ」と声をかけながら、息子の喉に蜂蜜を一滴垂らしてやると、息子は目を輝かせ、満足そうに「もう治った」と言った。

それからというもの、風邪をひきそうになると、息子の方から「蜂蜜、喉に垂らして」と言うようになった。オーストラリアの蜂蜜には、少し苦味を感じるものもあったが、日本の蜂蜜は子どもに優しい味なのだろう。風邪をひいていないときでも、「コホン」と咳をして見せ、にやりと笑うこともあった。

異国の家で教わった蜂蜜は、形を変えながら、いつの間にか我が家の習慣になっていた。

そんな息子は、高校の修学旅行の頃から、土産に蜂蜜の瓶を数本、鞄にしのばせて帰ってくるようになった。「アカシアはすっきりしていて、レンゲはまろやかだった」と、試食した時のことを得意げに話す。最近は蕎麦の蜂蜜を買ってきて驚いた。蜂蜜は、思春期の息子との会話まで、ほっこりと促してくれる。

あのおばあさんの蜂蜜は、今も私の暮らしの支えとなっている。写真は、おばあさんからいただいた蜜蜂の小皿。少し欠けてしまったが、いつまでも大切なメッセージだ。

(完)

 

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