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蜂蜜エッセイ応募作品

甘い生活

前田奈美

 

 子供の頃、蜂蜜が苦手だった。
 独特の風味のあるその味は、私にとってはなんだか大人の味に感じられた。
 
 二年前の春、長く通った学校を卒業し、就職を機に一人暮らしを始めた。狭くて暗いその部屋は、しかし私にとっては理想の城だった。
 いつか自分の好きなものだけで空間を埋め尽くしたい。自分の納得して選んだものだけで自分の生活を作りたい。ずっとずっと、そう思っていた。
 家具から食材から、一つ一つ自分で考え、選び、購入する。自分が自分の生活を作っている。当たり前のことのはずなのに、改めてそんな実感が湧き上がり胸が鳴った。
 当然収入との兼ね合いもあるし、始めから何もかも自分の思い通りに進むわけはない。
 最初から全てを完璧に揃えようとやきもきするする私に、母は「少しずつでいいじゃない」と言った。
 
 今になっては笑い話だが、ほんとうに一人暮らしを始めたばかりのころ、何にどれだけお金がかかるのか見当がつかず、電気ひとつ点けるにもびくびくしながら暮らしていた。食材だって当然のように、あるものの中で一番安いものを選んだ。
 最低限のコストで最低限の生活必需品を揃えてゆく中、これだけは、と一大決心をして国産の蜂蜜を買った。一丁前に大人になった気でいたのか、なぜか、今なら蜂蜜がおいしくいただけるという自信があった。
 恐る恐る舐めたそれは驚くほどおいしくて、私はすっかり虜になってしまった。パンに塗ったりホットミルクに入れたり、ときにはそのまま舐めたり、毎日少しずつ少しずついただいた。それが私にとっての小さな贅沢だった。
 
 いつの間にか、この部屋で暮らし始めて丸二年が経った。変わったこともたくさんある。少しずつではあるが、部屋には自分の好きなものも増えてきた。
 締めるところを締めていれば、人一人がつつましく生きる程度にはさほどコストが掛からないということも分かってきた。
 けれど、生きているだけじゃ味気ない。そんなとき、私はあの蜂蜜のことを思う。今でも、蜂蜜は私にとって小さな贅沢で、その甘さは理想の味がする。あまりお高いものはまだ手が出ないが、そのうちきっと、と密かに野心を抱いている。
 かつて大人の味だったそれは、いつの間にか自分にとって当たり前の生活になっていた。

 

(完)

 

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