まき
お盆休み、私は小学四年生の息子と一緒に長野県の安曇野にある叔父の家を訪れた。
普段は都会暮らしで自然に触れる機会が少ない息子に、何か夏休みらしい経験をさせたいと思ったからだ。叔父は趣味で養蜂をやっていて、「ミツバチの巣を見てみたい」という息子のリクエストにぴったりだと思った。
叔父の蜂場は、家の裏手にある小さな林のそばにあった。草むらをかき分けて進むと、木製の蜂箱が並んでいるのが見えた。そこに近づくと、羽音が耳に届く。息子は少し緊張しているのか私の後ろに隠れるようにしていたが、「大丈夫、刺されないよ」という叔父の声に、思い切って一歩前に出た。
「ほら、ここを見てごらん。」叔父が蜂箱の一部をそっと開けて見せてくれた。
蜜で光る巣の隙間に、茶色っぽいものが塗られているのが見える。
「これがプロポリスってやつだ。ミツバチが植物の樹液や花粉を集めて作るんだ。」
息子は目を丸くして、「これ、何のために作ってるの?」と聞いた。叔父は少し誇らしげに答えた。「巣を守るためだよ。外から病原菌が入らないようにしたり、外敵が入り込まないようにするんだ。」
息子はその言葉に驚いた様子で、プロポリスをじっと見つめていた。
私はその話を聞きながら、ミツバチたちの働きに感心していた。
自分たちの巣を守るために、こんな細かい仕事をしているなんて。
息子がさらに質問を続けた。「でも、ミツバチってどうしてこんなに一生懸命なの?」叔父は笑いながら答えた。「それぞれがやるべきことをやっているから、みんなで生きていけるんだよ。プロポリスもその一部ってことだな。」
息子はその言葉を聞くと、少し考え込むような表情をしていたが、やがて「すごいなあ。こんな小さいのに、ちゃんと役割があるんだね。」と言った。
その声には、彼なりの感動が込められていたのがわかった。
帰り道、蜂場の周りに咲いている花々を見ながら、息子がぽつりとつぶやいた。「ミツバチって花から蜜や樹液をもらって、巣を作って、自分たちだけじゃなくて、僕たちにも役に立つものをくれるんだね。」
私はその言葉に驚いた。自然の中で命がつながり合っていることを、息子なりに感じ取ったのだろう。「そうだね。全部つながっているんだね。」と私が返すと、彼は少し得意そうに笑った。
夜、叔父からお土産にもらったプロポリス入りの蜂蜜を少し舐めてみた。
かすかに薬草のような香りが広がり、その味は素朴で力強かった。
私はふと、ミツバチたちがせっせと働く姿を思い出した。彼らが作るものは、ただの食べ物や材料ではない。それは命をつなぎ、守るためのものだ。その営みの一部を分けてもらっていることに、改めて感謝した。
安曇野の山の中で見たプロポリスは、小さな塊にすぎなかったけれど、そこに込められた働きや命のつながりは計り知れないほど大きかった。
息子が自由研究に「ミツバチ」をテーマに決めたのも、この夏の一番の収穫だったかもしれない。
(完)
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