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蜂蜜エッセイ応募作品

僕の蜂蜜酒への憧れ、私の帰省

常川悠悠

 

 蜂蜜酒に憧れている。いや、恋焦がれている。出会いはいつだったか、おそらくは義務教育もまだの頃に親に連れられた図書館で子どもなら児童書を選ばなければというメソッド演技的な義務感で赴いたコーナーにある小説を手に取ったころだろうか。あの親が借りる本の保存の聞いたカビ臭さとはまた違うどこか獣じみた香りを感じながらページをめくった先、剣を右手に龍を狩る様よりも僕は、酒場で渡されたあのミードの色、光、香りを鮮烈に覚えている。きっと本当の琥珀よりも琥珀色で、ろうそくの光を柔らかく反射して、また何よりもその香りだ!どんな花よりもまろやかで、運命の人とすれ違った瞬間のような胸をきゅっと甘く締めるような香りがした気がして、ただ、味だけがわからない。子どもにお酒なんてもっての他というまともな両親から生まれた当時の僕はお酒の味がわからずに、ただデザートにヨーグルトが出た時の蜂蜜の鼻に抜ける甘さの記憶だけが頼りなくゆらめいた。それだけでは足りないの、と運命がすれちがったままどこかへ去った気がした。それ以来、蜂蜜酒に恋をしている。
 ところで、私は当時の僕で、なんと30歳目前に控え、今でも、蜂蜜酒に憧れている。とりあえずビールで、くらいの楽だからという方針で、日々をこなす毎日の中、親の教育のおかげか趣味になった読書のために行った書店で、ビジネス書に目を通さねばという責任感を忘れたふりをして、気まぐれに赴いた児童書コーナーでパラと開いた小説の中で私は僕の頃の恋と出会った。蜂蜜酒はあの頃のままの姿で、ただ私だけが余計に歳を食っていた。どのお酒に近いのだろう、と頭をめぐらせて、ふいにデザートのヨーグルトの味を思い出した。君は蜂蜜が好きだからね、とヨーグルトに多めに蜂蜜をかけてくれた母の顔、ヨーグルトを口に運ぶ僕をなぜかじっと見つめる父の目を思い出した。
 帰ろう、と思った。帰巣本能と呼ぶには気まぐれすぎるかもしれないが、たまにはそんなタイミングがあってもいい。蜂蜜酒、それとちょっといい蜂蜜とヨーグルトを買っていこう。実家で初めて蜂蜜酒を飲もう。どんな味がするのだろう、おそらく、憧れたままのあの味ではないだろう。それでもいいと思った。憧れの味よりも、あの時食べた普段のデザートの蜂蜜の味が特別なものと思えるようになったから。義務でも責任でもなく、親への見栄と感謝のために帰ろうと思えたことが、少し嬉しかったから。

 

(完)

 

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