りよ
蜂蜜。想い出すのは母の顔である。
私の家はそれほど新しくもないアパートだった。中学を卒業するまではその古びたアパートで育った。私は気温が極端な夏と冬が大嫌いであった。とてもじゃないが裕福とか言えなかったため、冬場は特に電気代を節約するべく身を震わせていた。エアコンはもったいないしたまにつけてみても設備の古さからかなかなか部屋が暖まらない。よって家族みんなが小さなコタツへと集まる。窮屈な四角からは身体がはみ出してしまい、肩は結局震えたままである。みんなでヒーヒー言いながら冬を乗り越える。
そんなとき、母はよく珈琲を入れてくれた。錆びたヤカンで熱々の湯を沸かす。父は決まってブラック珈琲だった。母、兄、私は甘党なので砂糖もミルクも入れる。しかしどうしても格好つけてみたい私はブラック珈琲に憧れた。歳に合わないが背伸びをして、父の後に続いてみる。
「私もブラックでいいよ。」
言ってみたは良いものの、口をつけると広がる酸味と苦味に顔が渋くなる。やっぱり大人しくいつものカフェラテにしておけば良かったな、そう後悔するけれど今さら引き下がれずにそっと唾を呑む。私の浮かない表情を見かねた母は熱々のコタツを出て蜂蜜の大きなボトルを持ってきた。どうして蜂蜜なのか。不思議な顔をする私のブラックにぐるりと一周する。
「これなら砂糖は入ってないけれど飲みやすいし身体にもいいよ。」
いつものカフェラテよりも優しい優しい味がした。母の優しさと蜂蜜の優しさとが混じりあってハーモニーを奏でている。私はこれからはこの蜂蜜入り珈琲のことをブラック珈琲と呼ぶことに決めた。
それ以来蜂蜜を見ると母の顔を想い出すし、家で珈琲を入れる時には必ず蜂蜜を一周する。これが私のプチ贅沢なのである。実家を出た今も一人暮らしの賃貸で相変わらず寒い冬を過ごしているが、蜂蜜のおかげでほんのり暖かい日々を食べている。
蜂蜜は私たちに幸せをトロリと与えてくれる。お疲れの皆さま、そんな蜂蜜の優しい甘さにたまには甘えてみても良いのではないでしょうか。
(完)
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