なおぷ
私のお腹には五センチ程の手術痕がある。結構な存在感だ。おへその右側なのでずっと盲腸の手術痕だと軽く考えていた。しかし、事実は想像以上に重大だった。私が三歳の時の事。ある日、極度の腹痛を母に訴えた。近所の個人病院を受診し食あたりの診断を受けた。薬を飲んでも回復にいたらず私は泣き叫ぶばかり。危機感を感じた母は総合病院に駆け込んだ。診断名は腸重積。手遅れ寸前で母は医師から最悪の覚悟をするように告げられた。手術の間中、母は祈り続けたらしい。医師の腕と母の祈りのお陰で私は無事死の淵から生還を果たしたのだが、術後の痛みに加え口内炎を発症し、食事を受け付けなくなった。みるみる痩せ細る私。母はあの手この手を尽くし私に食事を取らせようとしてくれた。しかし、どの食事も吐き出してしまう。思考錯誤の末にたどり着いたのがハチミツだった。母一人子一人の我が家。暮らしは決して楽では無い。だが母は高価なハチミツを惜しげもなく私に与えてくれた。今の私が存在していられるのは母の深い愛情とハチミツのお陰なのだが、私がこれらの事実を知ったのは二十歳を過ぎた頃だった。それまではこの大きな手術痕のせいで流行りの水着もきれず、修学旅行での着替え時や入浴時も手術痕を隠すのに苦労し厄介な存在でしかなかった。事実を知ってから、この手術痕がとても愛おしくなった。母はあの時一口もハチミツを口にする事無く私に与えてくれたのだろう。「誕生日は産んでくれた母親に感謝する日」誰かが言っていた。その言葉を知って以来、私の誕生日には母にハチミツを贈るようになった。ハチミツには沢山の種類がある。母の喜ぶ顔を思いながら「今年はどの味のハチミツにしようかな。」と、選ぶのはとても楽しかった。光に翳すと宝石のようにキラキラと耀くハチミツ。母と私にとってはどんな高価な宝石にも負けない価値があった。苦労しながらも、私に沢山の愛情を注いで育ててくれた母だが三年前に天寿をまっとうし天国へと旅立った。実家の整理に行った際、台所から綺麗に洗われた大量の空き瓶を見つけた。私が母に贈ったハチミツの瓶だった。思わす涙がこぼれた。本来ならしょっぱいはずの涙があの時だけは甘いハチミツの味がした。お母さん、ありがとう。
(完)
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