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ミツバチと共に90年――

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蜂蜜エッセイ応募作品

夕方の忘れ物

綱岸 サツキ

 

 東京の高校一年生として歩みだした時期の朝はとても忙しいものだった。
 今まで歩いて十分もかからない小中学校に通っていた私にとって電車で一時間かかる高校への登校は私の朝の生活を一変させた。家族とともに食べていた朝食は自分だけきっかり一時間早くなってしまい、母親が予め作ってくれていたサラダとゆで卵を食卓において、水を汲んで、トースターの音でのそのそと起きてくる弟を横目にパンに噛り付くというものになっていた。
 しかしながら登校は憂鬱な事ではなかった。放課後になったら高校に入ってから付き合いだした恋人と会えるからである。他校の恋人と会えるタイミングはなかなか少なく、かといって東京に数多あるデートスポットへ赴く休日デートを頻繁に行えるほどお互いにお金を持っているわけではない。だから私たちが共有する時間は放課後に東京にある大小様々な公園を二人で見て回るというものが多かった。
 夕暮れ時の公園を二人で回る。今思うとほほえましいデートだがこのデートを繰り返すうちに確実に私たちの間柄は進展していった。
 初めはいるわけのない同級生に見られていたらどうしようと考えていて手も繋げないような距離感だったが、回数を重ねるごとにお互いの距離感は縮まっていった。手を繋いで、重ねて、大木の陰に隠れてハグをしたりだとか。
 ある日のことである。いつも通り放課後デートをしようと待ち合わせしたのは代々木公園だった。
 いつも通りの公園散策だったが、私たちの雰囲気は少しだけ普段と異なっていた。なんといってもこの公園は私たちが二人で初めて選んだ場所だったからだ。提案された私も何かしら意図があるのだろうと思いつつもいつも通りお喋りしながら歩いて回る。二人の手はいわゆる恋人繋ぎだ。
 ふとベンチに座る。動作はぎこちなく、上滑りしていた雰囲気の答え合わせを行うのだろうと察した。相手は目をつむるように私に促す。奪われた視界の代わりに唇に柔らかい感覚が伝わってきた。二人の初めてのキスだった。
 秋の少しばかりの寒さの中手を繋いだ二人は駅へとつくまで安堵と紅葉に包まれながらかけがえのない時間を過ごしたことを覚えている。
 電車に乗ってから唇をふと指でなぞってみる。そこで相手の忘れ物を見つけた。蜂蜜の香りがするのだ。初めからキスをするつもりだったのだと気づくと、とても愛おしい感情に包まれた。
 それから私の日常には少しの変化が生まれた。少し物寂しい朝食にはバターとともにトーストにかけて焼いた蜂蜜の香りがするようになった。毎日をもう少し頑張れるような気がする、私の甘い思い出だ。

 

(完)

 

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