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第8回 蜂蜜エッセイ応募作品

思い出したのは、15年前のハチミツの味

平井悠美子

 

 「舞台役者は喉が命だから。」他の同級生たちが大声で談笑する帰り道、そう言うってプロポリスキャンディーを静かに舐めるあの子は、私の憧れの存在だった。
 高校2年の夏、学園祭でミュージカルをやりたい人たちが有志で集まり、公演を行なった。私が脚本演出をして、あの子は主演女優だった。脚本演出といっても、別に特別な才能があったわけではない。出たい人ばかりで、書く人がいなかったから、この団体を成立させるためにその役割を買って出ただけだった。善意とか責任感とか、そういうのがなかったと言ったら嘘になるけれど、そんなことよりも、自分が役者として能力が低いことを自覚していたからだった。中学生の頃、「ミュージカル」という存在に出会い、その魅力に取り憑かれた。本気でその道を目指そうと、お小遣いで演技を習いに行ったり、いろんなお芝居を観に行った。でも、学べば学ぶほど、知れば知るほど。誰よりもミュージカルが好きで、その分、演技が下手なことにも、誰よりも気付いてしまう。その事実から目を逸らすには。「脚本演出」という立場はちょうどよかった。学内で有志で集まった同級生たちにはきっとバレていないが、あの子にはそんな私の魂胆なんてきっと見え透いていただろう。あの子も、本気で芝居の道を目指している1人だった。
 初めて一緒に帰った日。「この間一緒にお芝居やった俳優の先輩から、喉には絶対ハチミツがいいって教えてもらったんだ。」そう言いながらプロポリスキャンディーを私にくれたあの子は、外の世界で大人と対等にお芝居をしている、すごく大きな存在に見えた。私は「でも私、役者やらないし」そう言って、もらったキャンディーをポケットに入れた。素直に「ありがとう」と言うだけでいいのに。中途半端に役者を諦めた自分が、同じように口にしてはいけない、そんな気がしていたのか。いや違う、くだらないプライドだった。あの子は何も言わず、笑顔で来週のテストの話をはじめた。
 三十路になった今年の夏、私が脚本演出をした公演にあの子が観客として来てくれた。当時から秀才だったあの子は、大学でスペイン語を学び、語学の魅力に取り憑かれ、今はメキシコで運送業をしている。「何その経歴、変なの。」あの子が差し入れてくれたマヌカハニーを舐めながら私が笑うと、あの子も嬉しそうに笑った。そのとき、ずっと忘れていたあのキャンディーのことを思い出したのだった。

 

(完)

 

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