中村 伸子
明治生まれのおばあちゃんは、新しいものが大好きだった。電子レンジ、2ドアの冷蔵庫、手動のミキサー。全部、世に出て早 々におばあちゃんの家の台所に並んでいた。
横浜で長年暮らしていたおばあちゃんは、月に一度、一人で横浜駅へ出掛けては喫茶店でコーヒーを飲み、周辺のデパートへ行って珍しいものを見聞し、気に入ったものを買って帰って来ていた。
ある日、私はおばあちゃんに「ちょっと、おいで」と、冷蔵庫の前に呼ばれた。
冷蔵庫の中には見慣れない寸胴で茶色の小瓶が入っていた。それをおばあちゃんは取り出して、厳かに蓋を開けた。引き出しから小さなティースプーンを取り出して、その先に瓶の中身をほんの少しだけすくって、私に舐めさせた。初めて食べる、ちょっと不思議な味。とても美味しいものだった。
「これはね、特別な蜂蜜なの。普通のと違って、すごく高くて、健康にいいものなの。おばあちゃんは毎日、このくらいずつ食べているの。」と、私に説明して、自分も同じ分量を取り出して舐めた。そして、右手の薬指でほんの少しだけまた瓶から取り出して自分の唇に塗った。「こうすると、唇が乾かないのよ。」
私にも同じようにした。おばあちゃんはにこにこしていた。
後日、味をしめた私が、おばあちゃんに断らずに一人で同じことをしたら大目玉だった。
瓶の中身はだいぶ減っていて、おばあちゃんも大事に大事に舐めていたのだろう。
今にして思えばそれはローヤルゼリーで、近所の商店街では扱いもなく、それこそ希少品として、次に手に入る時期もわからないおばあちゃんの宝物だったのだろう。
ローヤルゼリーのおかげかどうかわからないが、おばあちゃんは百四歳という長寿だった。母はおばあちゃんの冷蔵庫のローヤルゼリーの存在は知っていたが食べさせてはもらえなかったらしい。
(完)
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