傷凪
雄蜂はたった一度の交尾で一生を終える。生殖器に返しがついているため性行為が終わりそれを抜こうとすると肉ごとちぎれて死んでしまうのだ。役割を終え最後を迎える。それは正しい生きざまだと私は思う。何匹もの雄蜂との交尾で蓄えられた大量の精子によって女王蜂は一生をかけ産卵を繰り返し、この世にいくつもの命を産み落とす。成長した幼虫は成虫になりやがてまた新しい命を生む。その流れの一つになれることは正しい。
だが、その流れからはみ出す者もいる。交尾は雄蜂すべてが出来るわけではない。交尾期を終え女王蜂が巣に戻るまでに交尾にありつけなかったものは用無しとなり、住処から追い出される。働き蜂に頼りきりだったため餌を取ることも出来ず、蜂のシンボルである針だって持っていない。あるのは生殖器だけ。生き残り戦う術を持たないものが外の世界に放り出されたらどうなるか。飢え死にするか鳥の餌になるかのどちらかしか残されていないのは明白である。
正しい枠組みからはみ出してしまった者にはなんの救いもない、はみだしたまま何も残さないで終わってゆく。そうしてさっさと短い生涯を終えられたらどれだけ楽だろうか。と私は思う。蜂達は知らない。死ねない苦しみを。与えられた役割、周りからの期待、そういったものに応えることも出来ず、周囲とも馴染めないまま今日で29歳最後の夜が終わろうとしている私のことなど。
彼らと私の違いを挙げるとするならば、自ら巣を出ていったことくらいだ。巣の中にはもう私の居場所と思えるところなどなかった。環境さえ変われば上手くやれるはずだ、そう思い出て行った。だが、そんな都合の良い場所は存在しなかった。どこに行こうが誰といようが私は私のままだった。このままではいけないと他の巣で働き蜂を演じたりもしてみた。はじめは上手くごまかせていたが時間が経つにつれ、徐々にボロが出てすぐ冷ややかな視線を向けられるようになった。経験も思考も何もかもが足らなかった。ただ働くことがこんなにも難しいなんて知らなかった。何も期待されていない。私がいる時といない時の周りの空気が明らかに違う。空気越しに、私がいることがストレスになっているのを肌で感じる。
この空気を私は知っていた。かつての巣で何度となく感じてきたあの空気。恐ろしいあの空気。私が私である限りあれから逃げることはもう出来ないのだろう。私は私のままで、死ぬまで生き続けるか、生きることを諦めるかしかなかった。なのに、私は選べなかった。そうしてある晩に夢を見た。自分を終わらせようとする夢だった。怖くなった、死ぬのだけは嫌だった。絶対に嫌だった。はみ出し者のまま情けなく生き続けるくらいならばいっそのこと・・・そう考える反対側に生への渇望が沸くのを感じた。まだ生きたかった。生きていたかった、自分がこれほどまでに生に執着していたことに驚いた。
死ねないのなら、生きるしかない。生き続けなければならない。あの夢の中で私は一度死んだ。死んだのならもう誰に気を遣う必要もない、何かに怯える必要もない。
生きていたい。
これほど強く大きな意思が私の中にもあった。自らの意思で、生き直せるのならば。何も生まず何も成さず、生きているだけの日々から、生きるために生きることが出来るというなら。経験も思考もない私だけど、今からでも積み上げていけたら。間違えながら、一つ一つを大切にしていくことが出来たら。そんな日々を、送ることが出来たのなら。
そんな奇跡を私はこの目で見てみたい。そのために今日も生きている。
パソコンの右端にある時刻表示に目を落とすと日付が変わろうとしている。29歳最後の夜が終わる。はみ出し者の雄蜂だとしても、いつか来る終わりまで、終わらせないで、生き伸びてやる。
だって、それは私が自らそうなるようにしていたから。
結局のところ、環境が変わってもそこにいる私は私なのだ。どこに行ってもそれだけは変わらないのだ。自分という生き物が分からない、どうして他の人間とは感じ方が違うのか、言葉が違うのか。ここにいたくない。どこにもない。
今となっては働き蜂さえ羨ましい。
だが、どうせ拾った命ならば。これを使って自らの意思で明日を掴むことが出来るのならば。そんな奇跡を私はこの目で見てみたいと思う。だからまだ生きる。パソコンの右端にある時刻表示に目を落とすと日付が変わろうとしている。もうすぐで私は30歳になる。いつか来る最後の日まで、それまでは絶対に生き抜いてやる。
自分がないってこと
「明日から来なくて良いから」とさっさとリストラしてくれるならいくらか気は楽だったとさえ思う
△だが私のいる職場の人はそんな分かりやすい毒針をひけらかすようなことはしなかった。人は誰も責任の二文字を自分自身が負うことを嫌う。だからもっと狡猾に回りくどい形で少量の毒を何気ない会話の中に織り混ぜて少しずつ弱らせてやろうとするのだ。毒は少しずつだが確実に心を蝕んでゆくそうして自分が悪い ちょいズレてる
ここから感情的な流れを加速させた
それならまだ良い 何かをこの世界に残せて死ねるのはまだ幸せなことだと思う それで天寿を全うしたと思えるのだろうから 気持ちが良くて死ねるなら本望だろう
だが、羽化の時期さえ遅れ出番が回ってこず住処を追われたものに待つのは
餓死する雄蜂は 生まれてくるタイミングを間違えて何も残さずこの世を去るもの達はどうなのか
自分もそんな残骸になるかもしれない 今のところそんな人生だ 真ん中から逸れた道 普通にもなれず 今のところ何の役にも立たないで 与えられた役や期待に応えず 周りの環境にも馴染めないまま28歳最後の夜が終わる あなたは社会の癌です 消えてください 直接言われる事なんてのはなかったが そんなような顔をされた事なら数え切れないほど 蜂のように一生をすんなりと終えられない俺には この身体引きずりながらおめおめと生きることしか出来なくて そんな風になってから与えられた役をこなしているだけのあの働き蜂でさえ眩しくて
唯一の牙である毒針は働き蜂にしか与えられずに 無様なイチモツぶら下げてるだけのこの俺に何の価値があると言える? 誰も期待なんてしてない のに俺は 俺だけがまだ 期待しちまってる 何かをなせ 何者かになれ だなんて 夢物語に時間を費やしては 現実の自分からはどんどんかけ離れていってしまった 生まれ変われる奇跡を待って時間だけが過ぎても まだ手のひらは上を向いたまましている物乞い 何かを成したり何かを掴むための何かがいつまでも足りないからと良い子で座って待ち続ける なあおい、世間も世界もお前のサンタじゃないんだ いつまで欲しがる自分演じてるつもりだ 本当の意味での生きてるなんて知らないくせに 口から出る 生きてるのに疲れたって言葉 今日死んでくしかなかった奴らに顔向け出来んのかテメェ
蜂蜜 甘い しょっぱい 人生 ご所望
(完)
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