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第8回 蜂蜜エッセイ応募作品

小さな魔法

小川茉里

 

 仕事の関係で、2か月に一度決まった場所に出張している。6歳と3歳の子育てに手を焼いている身としては、2週間という時間は現実から離れるには十分で、大きな声では言えないが半分リフレッシュでもある。思い切り仕事に没頭できるボーナスタイムを、心待ちにしながら日々過ごしているのだ。
 その出張時、必ず寄る農家さんがいる。稲作やメロンを栽培しているのだが、趣味で数年前から養蜂をしており、一度話のタネにと持たせてくれたのだ。トロトロした蜜ではなく、スプーンですくって食べたくなる、樹の滋味がしみているような色の濃い蜂蜜である。初めて食べたとき、「悪い癖をつけられたなぁ」と思った。自慢ではないが私はバカ舌である。繊細な味の差なんてわからないのに、衝撃を受けた深い味わい。この味を知ってしまったからには、もうスーパーの蜂蜜には戻れないではないか。困ったように感激したためのか、そんなに気に入ってくれたのならと行くたび持たせてくれるようになった。
 何重にも梱包し、決して割れないようにと持ち帰る蜂蜜。私の次にほれ込んだのは6歳の長女である。競ってヨーグルトに入れて食べていたら、とある出張翌日、ホットケーキを焼いてくれた。お気に入りの絵本「しろくまちゃんのホットケーキ」をレシピに、一番大きくて焼き目の綺麗な生地に蜜をたっぷりのせて、テーブルの席まで運んでくれた。いつの間に一人でできるようになったのだろう。ホットケーキを焼く背中も頼もしい。私はというと、一人だからこそ適当に済ませることが多かった出張中の食事。黙々と食べる味気なさは日が経つ毎に顕著で、パソコンを打ちながらホテルでナッツをかじった夜もあった。母親の帰りを心待ちにしていた、子どもの温かいホットケーキとたっぷりの蜂蜜は2週間の疲れも寂しさも、一瞬で溶かしてくれたのである。
 それから、出張から戻った翌日のホットケーキは、娘と私の定番になった。離れていた間の出来事、面白かったアクシデント、お友達とのロールスケート、弟との他愛ない喧嘩。そんな会話とともに、熱々のホットケーキにはちみつをかけて食べる。それが、私にとって仕事から通常モードへの甘やかな切り替わりとなり、「今回も無事に帰って来れた」と安堵するひと時となった。
 「蜂蜜もらったよ。またホットケーキ楽しみにしてるよ」と、出張先から電話する。どうやら今回は、バナナとシナモン入りの新しいレシピに挑戦するらしい。いただいた蜂蜜の瓶を外側から揺らして重さを確かめつつ、梱包材を手に寄せてパッキングの準備にかかる。ホットケーキと蜂蜜は、今や会えなかった時間と距離を取り戻す秘密の魔法である。どうかこの魔法が、少しでも長く私たちのそばにありますように。そんな願いをこめて、幾十にも瓶を包む。

 

(完)

 

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