高野 由美
大人になって良かったと思うことの一つに「蜂蜜を自由に買って食べられる」がある。
何を大げさにと思うかもしれないがその理由をぜひ聞いてほしい。
戦中戦後にひもじい食生活を送った母は豊かでない生活の中でも食べることだけは十二分に整えてくれた。肉も魚もご飯もそれこそお腹いっぱいになるまで揃えてくれた。
「あんたの食べる姿が私のごちそう」
子供の食べ残しをさらいながら笑って言う。
三度の食事に事欠かなかったがこと、「甘いもの」には少々事情が変わった。
今は安価な菓子があふれているが昭和四十年ころの嗜好品は高かった。
合成甘味料入りの菓子が出回り、安全な「全糖」の商品を購入することは経済的に苦しかったのだ。
少し裕福な友達のお母さんがホットケーキをごちそうしてくれた。ふわふわの黄金色の生地にトロリとした蜂蜜に感動してすぐ母に作ってもらったが何かが違う。
ケーキの上にかかっているものはサラッサラの液体でとろみが少しもない。
期待した分だけ失望が大きくギャン泣きして一口も食べずに終わった。
当時はまだ高価な蜂蜜を買えず「三温糖」をお湯で煮詰めて代用したとのこと。
「あの時は大泣きするあんたが本当に可哀そうだったよ」と後日話す母に申しわけない思いでいっぱいだった。
食べ物のない辛さ、少し豊かになっても子供の望む物を与えられない口惜しさは親の大きな悲しみであったと思う。
世の中に美味しい食べ物が行き渡るようになり蜂蜜もずいぶんと身近になった。
花の種類や季節の違いで昔とは比べ物にならないくらいバリエーションが増えてお店の棚は色とりどりで美しい。
美味しい蜂蜜が食べられるのは平和で幸せなことだと思う。
明日も明後日もこの先ずっとそうであってほしい。
(完)
蜂蜜エッセイ一覧 =>
蜂蜜エッセイ
応募要項 =>
Copyright (C) 2011-2025 Suzuki Bee Keeping All Rights Reserved.